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2019年2月 6日 (水)

病と向き合う男と女

Img_0693 夫婦で歌人でもある永田和宏、河野裕子夫妻の、婦人が闘病の頃について書かれている本がある。
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癌の告知、そして手術によって、いかに彼女がショックを受け、不安な状態にいるのかを知っていた私は、彼女と同じ目線で悲しんではいけないという意識が強くあった。 中略
私の動揺は、彼女をいっそう不安に陥れるにちがいない。

「君と同じレベルで嘆くことだけはすまいと来たがそを悲しむか」

「君よりも我に不安の深きこと言うべくもなく二年を越えぬ」      永田和宏

病気に負けてなるものかと思い、意地でも、彼女が癌になる前の普通の日常生活を続けようとしていた。必要以上に彼女を突き放していたのかもしれない。

「今ならばまっすぐに言う夫ならば庇ってほしかった医学書閉じて」

「文献に癌細胞を読み続け私の癌には触れざり君は」         河野裕子

これを読んだときは辛かった。
彼女の求めていたのは、医学的な知識でも、これからの見通しでも励ましでもなかった。彼女が欲しかったのは、ただ一つ、彼女と一緒に悲しんでくれる存在だったのである。「自分だけがなぜこんな目に」という悔しさに寄り添い、残された時間の儚さを悲しみ、黙ってだきしめてくれる存在を求めていたのであろう。
                               永田和宏氏著「知の体力」より    
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私の病は死が迫っているわけではないが、追い詰められる不安や悲しみは、似ている。
婦人の心情が痛いほどわかる。
男性はいつもそうなんだ。強く見せて強くなる。冷静を装うことで相手を気遣っている。
女性は二人手を取りあい、辛いね、悲しいねと一緒に泣いてほしい。
「こんなに辛いのにどうしてそんなに冷静でいられる?」と責めそうだ。
せめて最期は自分を偽りたくないけれど、男性も偽っているわけではないこともよくわかっている。                                 

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