« メジロのえさ籠と処分品のシクラメン | トップページ | 夕暮れ散歩 »

2015年2月 5日 (木)

ジャーナリストの覚悟

娘と一緒にフィリピンに行った時のこと。
離島に行くのに客船に乗ろうと船をまっていたら、小さな乳飲み子を抱いた10歳くらいの女の子が何か言いながら、手のひらを伸ばしてきた。
すぐに物乞いだとわかったけど、急なことに驚いてどうにもできなかった。
どうすればいいのかわからない。

船に乗って甲板に出ると、小さな小さな一人乗りの手こぎボートの両脇に、発砲スチロールにこども(3歳くらい)を2人乗せた母親らしい女性が近寄ってきて、また片手を伸ばしてきた。
痩せこけて、疲れたきったような母親のそばで、うれしそうに泳いではしゃぐ裸で真っ黒けのこどもたちがあまりに対照的で心が痛んだ。
乗客は誰ひとり、施しをするものはいない。

当然、写真を撮ろうとは全く思いもしなかった。
カメラを向けることは、とても罪深い。そう思えた。
もし、それぞれの一枚を撮っていたら、その一枚はどんなにかフィリピンを語る一枚になっただろう。
私はジャーナリストではないので、呑気にダイビングをしてセブ島を楽しんだ。
でも、ずーと心の片隅で、フィリッピンの影を追っていた。

現実の姿は、その目で見、その耳で聞かないとわからない。
それでも一枚の写真が、すべてを写し出せることもある。
世界に発信しなくてはならない使命感を持たないジャーナリストはいないだろう。
でも、それは時にこんなにも残酷な結果を招く。
”自己責任”という言葉をわざわざ残した後藤さんは、国家や肉親、他国まで巻き込んでしまうことになって、どんなにか不本意で、辛かったことだろう。

湯川さんのお父さんが、自分の息子さんが亡くなった時「ご迷惑をおかけしました」と気丈にインタビューに答えておられた。
後藤さんが亡くなられた時には「息子のせいで‥‥」と堪え切れず嗚咽。
自分の息子の時はこらえられた涙を、後藤さんの時にはこみあげて止まらない。
複雑な親の気持ち、辛さを想い切ない。
ジャーナリストの覚悟は、家族にも強いられる。

9.11の同時多発テロの時、ライブ映像を見ながら、信じられない光景に、この先世界はどうなってゆくのだろうと、漠然とだが重い不安が心に満ちた。
あれ以前もあれ以後も、世界の扮装は絶え間なく続き、報復の連鎖は止まらない。
イスラム国の蛮行を非難したところで、かたや有志連合の空爆は2000回にも及ぶという。
イスラム国を狙い撃ちしているが、そこにはいやおうなく支配された一般の人々、女性や子ども達も暮らしているはずだ。

連日、なんとも殺伐としたニュースばかりで目をそむけたくなるけど、
せめて、後藤さんが命をかけて伝えたかったことを知ること。
そんなことでしか、彼に報いるすべを知らない。

みどりは、なに思う?
2013_12270014_2

|

« メジロのえさ籠と処分品のシクラメン | トップページ | 夕暮れ散歩 »