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2011年2月16日 (水)

ドラマ「江」の風景②-坂本ー

年明けから、また週に一度プールへ通っています。

大津市の北の端から、南の大津中心市街地へ行くのですが、琵琶湖大橋の西岸を南へ走る30分ほどの道は、比叡山の麓を左に琵琶湖を眺めながら走る道で、大橋のすぐ近くの堅田の浮御堂から、西教寺、日吉大社、比叡山延暦寺、近江神宮、三井寺、石山寺へと、名所旧跡の連なる贅沢な道です。

ドラマ進行にあわせて、今日は坂本へ寄りました。

国道沿いの坂本城跡
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比叡山焼き討ちのあと、比叡山監視のため信長が光秀に造らせた城で、琵琶湖の水を引き込んだ美城だったと言われています。
湖畔に石垣のあとが少し残り、光秀の大きな石像がたっています。
10年位前、湖の中に沈んでいる部分が、干ばつで現れ、話題になったことがあります。

琵琶湖のヨシをまもりましょうの立看板と”光秀の歌”
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坂本城址から、山のほうへ向かいJRの比叡山坂本駅をくぐると、日吉大社の長い参道が続きますが、桜並木のきれいな参道も、今は人もまばら。
なだらかな坂道を歩いて、振り返ると琵琶湖が見えてきます。
日吉大社は山王山の総本山。
境内は広く、春には大祭、秋には紅葉の名所です。
となりに延暦寺へのケーブルのりばがあります。山上の延暦寺は別の機会に。
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門前町坂本は、穴太衆積と呼ばれる石垣と、里坊が多く点在し、苔むす穴太衆積とそれぞれの里坊の枯山水の美しい庭園は風情があります。
有名な庭園とお食事処も数箇所ありますが、今日は寄れません。

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坂本の町のあちこちに見られる石仏                八講堂千体地蔵尊
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Dscf7831 創業290年。有名な「本家鶴喜蕎麦(つるきそば)」本店。
国道には大きな支店もありますが、このたたずまいのせいか、やっぱりこの本店が美味しいような気がしますね。




1キロほど南へ歩くと西教寺(天台真盛宗総本山)
参道の両側はもみじ並木と、多くの宿坊が並び、それぞれきれいに庭が手入れされています。
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明智光秀のお墓は、本堂のそばにありました。

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ちょうどドラマでは細川忠興に嫁いでいたのたま(のちのガラシャ夫人の、謀反を起こした父親を持つ苦しい立場を描いていましたが、その後の悲しい生涯は有名です。続きはドラマで。
三浦綾子著「細川ガラシャ夫人」の抜粋
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西教寺から日吉大社までの道は広く明るく、坂本の町と琵琶湖を一望できる景勝地です。
信長の比叡山焼き討ちで、この坂本の町は焼き尽くされ、僧侶のみならず、多くの老若男女も殺戮されたと言われる悲惨なものでした。

今は桜や紅葉のシーズンは殊に、社寺や石積みの風景が美しく、シーズンは多くの観光客でにぎわうこの町。
この町を愛した光秀の無念を想いながら、プール帰りのちょっぴり春めく穏やかな半日を、ゆっくり歩いて散策しました。

西教寺あたりから見下ろす坂本の町と琵琶湖。対岸の山は三上山。
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案内が読めるように、クリックするといつもより大きくなります。



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2011年2月11日 (金)

ドラマ「江」の風景①-長浜ー

今年のNHKの大河ドラマの舞台は、琵琶湖の北部からはじまりました。
さすがに地元。
見慣れた風景が多く、せっかくなので、少し紹介していきたいと思います。

今日は、彦根の母のところへ行ったついでに少し北へ足を伸ばして長浜へいきました。

姉川の古戦場跡
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    戦死者の慰霊碑
Dscf7769_2 ドラマの最初のほうにあった、朝井、朝倉勢と織田勢の戦いの地。
中洲が雪で覆われて、川の流れが少ししか見えません。
川の水が赤く染まったといわれるほどの激しい戦でした。


近くに伊吹山が見えます。
降雪量、積雪量ともに世界記録を持つ伊吹山は、雪をいただききれいです。
伊吹の向こうが天下分け目の関が原です。
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長浜石田町。石田光成の出身地です。
ここはお屋敷跡。
ドラマも信長から秀吉の時代に移るので、もうすぐ彼の出番ですね。










Dscf7752_2 長浜では、ドラマの撮影にちなんだ博覧会へいきました。
撮影で使用された、衣装や小道具などが展示されています。
信長が正倉院から削り取ってきたとされる香木
先週ドラマで、江姫が香をきいていましたが、どんな香りなのかと興味がありまいた。
とても上品な香りで、高貴な香りとはこんな香りなのかなと思いました。
いくらITが発達しても、まだ香りをお届けできないのは残念です。

Dscf7782_3  もう少し北へ走って  
       小谷城址
 
琵琶湖を向こうに見下ろす、高さ500mの山城ですが、今年はまだ雪が残っていて登れませんでした。
以前は上まで歩いて登ったことがありますが、馬洗い跡、番所跡、本丸跡の石垣、首据石(罪人の首を晒していた)、長政が自刃した屋敷跡とかが残っています。



長浜民族資料館では、

Dscf7763_2 長政とお市と子供達
抱かれているのが「江」ですね。
記録に基づくと、三姉妹の上に男の子がいたそうです。
男の子は落城とともに、処刑されたらしいのですが、ドラマではカットされています。


Dscf7760_3 この門扉は、当時のものがそのまま残っていて、このたびはこのような形で展示されています。




門扉の右の案内板のアップです

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リンクを貼ったので、興味のある方は覗いてください。
ドラマがより面白く見られるかもしれません。

                     

お市は信長亡き後、柴田勝家に嫁がされますが、賤ケ岳(シズガタケ)の戦いで秀吉に敗れ、勝家とともに自害します。
賤ケ岳の合戦場は、長浜からもう少し北の奥琵琶湖にあり、今日はそこまで廻れませんが、以前に少し記事を載せています

長浜の町を横切り、湖岸へでると秀吉の築城した長浜城があり、天守閣からは、琵琶湖が一望できます。
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秀吉により商業の栄えた長浜は、今もたくさんの店の立ち並び、一日中散策しても飽きない町です。
この季節、有名な盆梅展見物に全国から大勢の観光客が訪れるのですが、ドラマの影響もあって、この冬はよけい賑わっています。

こうして記事にしてみると、ここ近江の琵琶湖周囲は、戦国時代に限らず、古代からの名所旧跡であふれています。
いつも傍にあるし見慣れているので、いままであまり紹介していません。
今年は、少しずつ紹介していこうと思いました。

さて次回はどこをご紹介しましょうか?

案内が読めるよう、写真はクリックするといつもより大きくなります




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2011年2月 3日 (木)

やっと植え込み

春の花壇のために、昨秋、種まきだけはがんばってやりました。
セルトレイに移植したままで作業が止まっているビオラ、やっとポリポットに植えたけど肥料をやらないままのネモフィラ。
そのうえ、この冬の雪はベランダにも容赦なく積もり、凍っては融け、積もっては凍り、軒下に移動させる元気もなく、ほったらかし状態でした。
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それでも、元気に育っちゃうから不思議ですね。
リナリアにいたっては、雪の下から紫の蕾がふくらんできました。
左からペインデッドセージ、ネモフィラ、リナリア、手前の白っぽい葉はアルテミス
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ビオラとロベリアの一部は、苗が小さいうちにハンギングに仕立てましたが、まだまだ花は咲きそうにありません。
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いつもの年なら、苗は年末までには花壇に定植しています。
雪のせいにしたり、寒さのせいにしたり、忙しさのせいにしたり‥‥‥

さすが季節の分かれ目。
節分のきょうはちょっぴり春めく暖かさ。

今日を逃していつ植えるんや!!

今日こそ苗の植え込み、がんばろう

窓辺はデンドロが咲き始めて、淡いピンクは暖かく、ここだけ春めいています。
これまた、夏に肥料もほとんどやらず、水遣りも忘れがち。
まあ少しでも、咲いてくれたのはよかった、よかった。
メジロは最近、仲良く2羽で来ています。
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