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2011年1月27日 (木)

比良の暮雪

吹雪の日は彦根の母のところへ行くのが大変です。
北へ向かう湖岸の道は、北西の強風で、一寸先も見えない、怖いほどの吹雪の日もあります。

それでもなるべく行ってやりたい。

Dscf7649_2 最近はいつもiPadを持参して、大好きなみどりの画像を見せたり、音楽を流してやったりしていますが、軽くうなずいてもほとんど無表情です。
ただ私が訪ねると、ほんの一瞬、こぼれるような笑顔を見せてくれます。
それだけを見たいために、私はきょうも足を運びます。
 
父が亡くなって以来、父のことをまったくと言っていいほど口ににしません。
義母のことも、まったく尋ねることがありませんし、こちらも強いて話すことはしません。
どれだけ理解しているかわかりませんが、一人残ってしまったことはきっとわかっているからこそ何も言わないし、聞かないのでしょう。

座ることはもちろん、寝返りもできないけれど、なにひとつ愚痴を言わず、静かに眠っていますが、片手を握るともう一方の手をそっと重ねてきます。
動けないので硬直してきた足をさすってやりながら、私の陣痛のときは、母がずっと私の背中をさすってくれていたな~と遠い日を思い出します。

帰路の夕暮れ、湖岸を走って琵琶湖大橋近くになると、対岸の比叡の連山に真っ赤な夕日が沈み、琵琶湖がキラキラと輝きます。
比叡に連なる雪の比良山系。
近江八景のひとつ「比良の暮雪(ひらのぼせつ)」です。
白洲正子は「得体の知れない魅力に取り付かれた」と表現している近江には足しげく通い、多くの本を書いています。

白洲正子『近江山河抄』より
「比良の暮雪」という言葉がある。
下界には桜が咲いていても、比良山にはまだ雪が積もっており、夏になっても消えないことがある。それなら「残雪」といってもよさそうだが、「暮雪」でないとおさまりが悪い。
ある秋の夕方、湖北からの帰り道に、私はそういう風景に接したことがあった。
どんよりした空から、みぞれまじりの雪が降りはじめたが、ふと目をあげると、薄墨色の比良山が、茫洋とした姿を現わしている。
雪を通してみるためか、常よりも一層大きく、不気味で、神秘的な感じさえした。なるほど「比良の暮雪」とは巧いことをいった。比良の高嶺がほんとうの姿を見せるのは、こういう瞬間にかぎるのだと、その時私は合点したように思う。
                                          
Dscf7656_2 

早咲きの菜の花も少し咲いてきましたが、まだまだ春は遠い夕暮れの比良です。
父と二人で過ごした比良の麓での4年間の美しい四季は、母の夢に出てくるのでしょうか?

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コメント

pencilムムムさんへ
ムムムさんとお姉さんの気持ちは、そのまま私と姉の想いです。
今は、出来るだけ会いに行くようにしてやることしかできませんが、体調が落ち着いているのだけはありがたいと思っています。
とにかく、苦しんだり、痛んだりするのだけは取り除いてやりたい。
心の痛みは?難しいですよね。
小麦の件。
こちらこそ連絡しないで申し訳ない。
夫が通販で種を手に入れて蒔いたらしいのですが、この冬、見事に鹿に食べられてしまいました。
冬は鹿避けの電柵の電気を止めるので、食べ放題です。
夫もこりゃいかんと嘆いています。
それより、よく粉にひくところまで作業をされたと思うと感心しきりです。
籾殻はどのように取っているのですか?

投稿: ネモフィラブルー | 2011年2月 3日 (木) 22時09分

実母も現在施設に入っています。姉と母のことを話すと、やはりどうしても「切ないね」という言葉が互いに出てきます。
自分がその時にできることをしよう、というのが、姉との自分たちへの励ましの言葉になっています。
が、当の母親にとっては、現状では自分を元気づけるものがなく沈みがちです。
切ない部分も、そうでない部分も、言葉で表現できるのはごく一部になりますね。
一瞬でも、笑ってくれた表情で慰められましょう。
ネモフィラブルーさんに、去年、麦の種を送りますとお約束しましたが、昨年、7月の雨か、酷暑か、原因は不明ですが、かなり成績が悪い上に、夫がすぐに脱穀(もみを除去・・手作業なもので)できずにおいておいたら、カビが生えてしまい、すいません送れませんでした。
ブルーさんもずっと更新がなかったので、きっといろいろたいへんなんだろうなと想像していました。
また送ることができましたらご連絡します。

投稿: ムムム | 2011年2月 3日 (木) 16時54分

pencilHappyばあばさんへ
そばで親たちの様子を見るようになって長いので、いろんな場面を経験しています。
なんだか日常のことなってしまい、こうして書くと読む人に悲しい想いをさせてしまうんだなと感じて申し訳ないです。
どうも普通の感情が奥のほうにしまい込まれたような気がしまず。
今年の福岡は雪がふるようですね。
雪も少しならうれしいものですが。

投稿: ネモフィラブルー | 2011年2月 1日 (火) 14時04分

ネモフィラブルーさん、何度も拝見してコメントを残そうとしては手が止まってしまいました。
なんか思い出すことが多くて切なくなってしまってたのかもしれません。
親を思う気持ち、子を思う気持ち、どちらもブルーさんの文章からはあふれるほど読みとれます。
私もウルウルしながら、目の前に開けた比良の慕雪を眺めているような気がしました。
菜の花もう咲いているんですね。

投稿: Happyばあば | 2011年1月31日 (月) 14時00分

pencilロココさんへ
父が動けなかったせいで、母はずっと父の側にいました。
いつか旅行に連れて行ってやろうとずっと思っていましたが、自由になった今は本人が動けなくなってしまいました。
ロココさん、動ける間にお母さん孝行してあげてください。
除雪ができるくらいお元気だったら、まだまだいっぱい孝行できそうですね。
妙高の雪は半端じゃないでしょうね。
除雪作業も気をつけてくださいね。

pencilぴぴさんへ
思ってみても、どうあるのがベストなのかはわかりません。
ただできることをするしかないですよね。
なるべく心配や迷惑をかけないようにしたいとは、みんな考えているんですものね。

pencil日向夏さんへ
同じ世代なので、皆似たような問題を抱えています。
できる範囲で、精一杯やるしかないですよね。
簡潔に文を書くのが下手なので、だらだら説明が長くなってしまいます。
こんな風によんでくださるとは、お恥ずかしい。恐縮です。
宮崎はいろいろ大変なことばかり起こって、試練の日々ですね。
一日も早く終息することを願っています。
大河ドラマの舞台になっているせいもあって、特に今年は滋賀は盛り上がって、観光客も多いようです。
車で一周とは楽しそうですね。
じっくり計画を練るのも楽しみな作業でしょうね。

投稿: ネモフィラブルー | 2011年1月30日 (日) 23時43分

ネモフィラブルーさんへ

寒い日が続きますね
お母さまの病院へ行かれるのは本当に大変だろうとお察しします。
ネモフィラブルーさんの記事を読みながら・・・切なくなってしまいました。
幸いにもロココの母は元気で毎日除雪に励んでいます。
今は雪で身動きの取れない妙高ですが、春になったら色んな所に連れ出そうと思っています。
どうぞネモフィラブルーさんもお気を付けてお母さまの元へ通って下さい。

投稿: ロココ | 2011年1月30日 (日) 20時59分

何時かはわが身
そんな時が間切れも無くきますね。
その時は・・・と思いつつ何も考えられません!!
ネモフィラブさんのように心暖かに接してもらえます様に
毎日を過ごしたく思います。

投稿: ぴぴ | 2011年1月30日 (日) 18時51分

 誰にでもいつかはそういうつらい時期が訪れるんですよね。私の場合は、既に父と義父は他界しましたが、母は両方ともに健在です。しかし来年いや今年だってどうなるか解りませんよね。ブルーさんの生き方が模範になります。いつもブルーさんの文章から感じていることですが、文学的というか知性的というか、そういうものに関心しています。きっと聡明な方なのでしょう。単なる”園芸ブログ”というよりも”人生ブログ”と解釈しています。
 ところで、比良とか彦根とかまったく訪れたことのない所です。定年後の夢『車で全国一周』のルートに入れようと思います。
 雪道での運転、くれぐれも気をつけてくださいませ。早く春が来るといいですね。

投稿: 日向夏 | 2011年1月30日 (日) 16時54分

pencilhiroさんへ
どんな看取り方をしても、これでよかったとは思えないでしょう。
自分にできる精一杯も、果たして充分だったと言えるのか?
きっと永遠に答えは見つからないように思えてなりません。
お義母さんが、穏やかな日々を過ごされますよう願っています。
大河の「江」では、琵琶湖近辺が舞台で、よく知った場所が舞台となっていて、私も楽しく観ています。
彦根は、長浜城、安土城址、小谷城址、関が原、姉川などが近く、今年は観光客も多いようです。
琵琶湖の周囲はゆっくり回っても見尽くせないほど名所旧跡が多く何度も訪れる人が多いんですよ。
ぜひ、機会を作ってまたおいでください。
今日も雪がちらついてとても寒く、菜の花も何度も雪をかぶり、かわいそうなくらいです。

pencilつれづれさんへ
多くの地方出身者にとって、親の介護をどんな形で看るのかという事は、ベストな答えが何なのかとても難しい問題ですね。
そのとき、そのときできることを精一杯やるしかないですよね。
アルツハイマーは今は良い薬もできてきて、以前のように急速に進行しなくなったようですが、お母さんの立場を思うと心配ですね。
つれづれさんが少しでもお母さんの力になってあげられるよう願ってやみません。

pencilossさんへ
iPadは、まだ充分に使いこなすとまでいってませんが、とても便利です。
携帯の小さな画面や入力が苦手な私たちの世代に大受けだとか。うなずけます。
手を握ると暖かいって生きてることなんですよね。
父や義母が亡くなった時、死ぬということはこんなに冷たくなってしまうものなんだと思い知らされて、哀しかったです。

pencil吾亦紅さんへ
母は夏に一度死を宣告されたので、よけい今の命を大切に思います。
今更できる孝行なんてないだろうけど、静かに横たわり、母は何を望んでいるのだろうか?と。
残りの時が穏やかに過ごせるよう、心から願っています。
吾亦紅さん、ささえて貰える家族がいるって、とても幸せなことですね。
若い頃は子供に世話をかけたくないと思っていたし、両親もそう言っていましたが、こうして親達を看取ってみて、家族ってかけがえないんだなあと感じています。

投稿: ネモフィラブルー | 2011年1月30日 (日) 16時47分

昨年9月に義父がなくなりましたが、
その時の事とダブります。
最後はただ寝ているだけで話すことも
できませんでしたが、手を握ると
握り返してくれました。
「お話はできなくてもみんなわかっているのよ」。
と看護婦さんはおっしゃっていました。
亡くなったことは子供たちで相談して
義母には話しませんでした。
義母は老人病院で今も元気で暮らしています。

昨年の夏、初めて彦根城・他を訪れましたが、
とても素晴らしい所でした。
今年は「江姫」でも話題になっていますね。
また機会があったら訪ねてみたいです。

比良の暮雪、素敵な言葉ですね。
白州正子の文章にも初めて触れました。
菜の花がとても綺麗です。


投稿: hiro | 2011年1月30日 (日) 13時03分

遠く離れて暮らしていると 私にとって両親は
若くはつらつとした頃のイメージで止まってしまってます。だからなかなか自分から電話もしないし実家に帰るのも2年に1度。本当はずい分年老いているというのに…。この記事を読んで重ねる手のぬくもりを感じることができる幸せを放棄している自分を情けなく思いました。ネモフィラブルーさんとお母さまの時間がずっとずっと長く続きますように。私も今年は年4回は帰ろうと思います。父のアルツハイマーが急に進行してきました。もっと近くにいてやれたらと思いますがなかなか…。

投稿: つれづれ | 2011年1月28日 (金) 16時24分

1padですか。いいなあ、こんな使い方もあるのですね。ブルーさんのお母様の姿は粛々と私に迫ってきます。手を重ねることで胸の中の思いを伝える姿に泣けてきます。

投稿: oss102 | 2011年1月28日 (金) 11時23分

こんにちは~~
今日もこちらでも、小雪がちらちらする寒い
お天気が続きます、吹雪をぬって車を走らせ
お母様のもとへ行かれる、ブルーさんのお気持ち、痛いほど解ります、私の両親は、子育て真っ最中に逝ってしまい、今思えば後悔する事ばかり、今ならあんな事こんな事してやれたのにと、思いますが、孝行したい時に親
は無しの例です、いまや自分が子供たちに支え貰う歳になってしまい、人生のなんと短い事か。考えさせられます、ご両親のお世話を
こころ行くまで大切にお世話され、ご自分を
しっかりもたれた生き方に勉強させてもらってます、道の凍結など運転に気をつけてくださいね。

投稿: 吾亦紅 | 2011年1月27日 (木) 15時47分

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