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2008年7月 9日 (水)

終末期医療の話

TVで、愛知県の国立長寿医療センター病院が、「終末期をどう生きるか」という課題を、具体的に本人の意思に従い文書化しているというレポートをしていた。

いままで、ぎりぎりの終末期医療を、家族と医師で話し合われるしかなかった治療手段について、本人がしっかりと判断の出来るうちに、自分の意思を文書化して残そうというもの。

例えば (あくまでも、ぎりぎりの終末期の場合)
     心臓マッサージ
     人工呼吸器
     胃への直接栄養補給
     点滴による水分補給

等等についての医療行為を行なうかどうか、その内容を詳しく説明を聞き、ソーシャルワーカーとともに、自分の意思を書面に残す。
本人の判断能力が危うい場合は書面を受け取らない。
1年ごとに、再確認をして判断を見直す。
など、考慮されている。

この問題の難しさは、個々に状況も価値判断も違うし、なにより、触れたくないタブーの領域に寄り添った問題であることで、なかなか前面の討論の場に出てこない。
公的に制度化するには、まだまだ高いハードルがあるのだろう。     

家族と、本人の想いとに隔たりがあることももちろん承知で、私ならこの制度を利用したいと思った。

そう思うのは、私も身体に不安を覚える年になったからか?

最近父は、身体の筋肉の硬直が進み、少し体を動かすのも辛そうに「痛い、痛い」と繰り返し、見ているこちらが辛くなる。
これからもっともっと身体が衰えていくに従って、どんな痛みや苦しみを伴なはなければ、命を全うできないのか?

長い長い、痛い、苦しい、辛い終末期医療は、堪忍してやってほしい。

避けたいけど、避けられないお話です。


青い花々(133)
ニーレンベルギア
春に垂れ下がるタイプを3株買って、大きな平鉢に植えました。
まだあまり垂れ下がっていませんが、薄い、やさしい花びらは涼しさを誘います。
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青い花々(134)

パンダイワギリソウ
ストレプトカーパスによく似た花です。
「雲南省の山野草だから丈夫だよ」と山野草やさん。
葉挿しができそうに思えますが?
それにしても、なぜこの名?

 

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コメント

pencilぴぴさんへ
多分、私もその番組を見たと思います。
だだ日本人は、このような問題について、なかなか合理的には考えられないのではないでしょうか?
この問題だけは、自分でこうありたいと願っても、思い通りにはいかないだろうし、せめて覚悟みたいなものは、自分の意思を整理しておきたいなと思う年代になったということでしょうか?

投稿: ネモフィラブルー | 2008年7月12日 (土) 23時01分

pencilminigardenさんへ
若くて元気な頃は、こんな問題実感がなかったですよね。
minigardenさんと同じで、私も最近指が動きにくくなったり、なんだか疲れやすかったり、年のせいかなと感じています。
90を越えた三人の親たちの衰えを目の当たりにしているせいもあり、自分の老いについても少し考えるようになりました。
マア、思い通りにいかないのが人生だけど、楽しい老いを過ごせるよう、努力は絶対必要と私も思います。
フフフ、やっぱりminigardenさんのコメントは側で話を聞いてるようで、楽しい。(笑)

投稿: ネモフィラブルー | 2008年7月12日 (土) 22時51分

考えさせられる年齢になりました。
反面自分には無関係な気もしたり複雑な気持ちです。
このような問いかけに答えられない自分がいます。何とでも言い返せても実際!!

外国で延命をどの様にしていくか患者に先生が話を聞き 望みを患者か答えその様に最後苦しまず処置をしていたのをみましたが
最高の最後を送って(家で)あの様にできたら日本は・・・外国も全部が!!ではないのかもしれませんが。。。 
家族の皆さん素敵な顔をして送っていました。

投稿: ぴぴ | 2008年7月12日 (土) 18時15分

人それぞれの人生があるように、死に向かうあり方もまたその人それぞれなのかもしれませんね。なんとか元気なうちは、こうする、と決めていても、いよいよとなった時も同じ気持ちとは限らないわけだし。本人も家族も。
ああ言ってたけど、今この状態が苦しいので前言を翻して終末医療をやってほしいと頭の片隅で思っても、時すでに遅く、意思表示しようにも気持ちを伝えることができなくなってることもあるわけだし。
実家の父は死に至る大変な病はなかったけど、じわじわと何年もかかって頭も身体も弱り、母の手で日々介護されて89歳で亡くなりましたが、口がきけなくなっていたので、心の中にどういう感情が残っていたのか。痛くてもただ我慢していたのか。痛みや辛さも感じることが少なくなっていたのか。そうあってほしい。いろいろ思うといまだに辛いものがあります。
あんまり読んで気持ちの良い話ではないですよね。。。
ちょっと違うけど、最近手の指が一部思うように動かせなくなってきていて、まだ若いと思っていたけど、健康であっても、こういう状態が年をとるってことなんだって、そう実感しています。
あちこち自分でマッサージするって必要ですよね。身体もだけど、頭も。
食べ物にも気をつけるけど、でもサプリも必要だなって、そう思う。外に自分から出て行って、刺激をもらうことも必要だし。
頭も身体も長持ちさせたいので、自分でできる努力は続けていかないといけないですね。
最後は、昔から言われてるように、「ぽっくり」っていうのがいいね~。
今も昔も死に方の理想は一緒だなあと、そう思います。
ぜーんぜん終末医療のコメントじゃないですね。ごめんね。

投稿: minigarden | 2008年7月12日 (土) 13時43分

pencilossさんへ
私は、ossさんのコメントの「だれがなんと言っても」という心意気が、いかにもossさんらしくて大好きです。
100パーセントossさんと同じ想いです。
「どう逝くか」ではなく、「どう生きるか」が大切なんですよね。

投稿: ネモフィラブルー | 2008年7月12日 (土) 09時51分

pencilsoraさんへ
はじめまして。コメントありがとうございます。
実際にお母様のような経験をされると、想いは違うかもしれませんね。
もっと年をとると変わるのかもしれませんが、今の私は、家族にやるだけのことをやってほしくないのですよ。
生きている私に逢ってほしいともきっと思わないだろうな。
それぞれの心の中に居る私を思い出せるときだけ、思い出してもらえればいいと思っています。
生きるって生かされることではないから、自分の意思を大切にしたい。
家族はきっと、そんな私をよくわかっていてくれると信じています。
お父様との穏やかな時間が、お母様の分まで長くつづくといいですね。


投稿: ネモフィラブルー | 2008年7月12日 (土) 09時37分

私はだれがなんといっても、苦しみから一刻も早く、解放されたい。残る家族の気持ちなんて云わないで、本人がどんなに短くなってもいいから痛み苦しみからのがれて、静かに生を終わりたい。執着はありません。書類も作ってあります。家族にも言ってあります。どうしてこういう普通の希望が素直に受け取ってもらえないのか。
この病院に賛成です。

投稿: oss102 | 2008年7月11日 (金) 20時53分

はじめまして・・・
私の 母が亡くなって5年になります
私は前から 延命治療はしたくない・・ということと 私が死んだら知らせて欲しい友人と ハガキで知らせて欲しい友人を書いていました(夫・子どもも 知っています)
でも 母が いよいよとなったときに 一分でも生きていて欲しいと思いました 機械に生かされているのであっても 生きていて欲しいと  最後の入院は 救急車で運ばれましたので 色々な処置は 母の意思ではありませんでした
母の気持ちはどうだったのだろう
そのあとの 母のつらい毎日・・
これで良かったのか という後悔の気持ちと
生きていて欲しいという気持ち・・・
 
私 個人の思いですが  延命治療は 残された家族の これから生きていく 自分の大事な家族のためでもあるのだと  精一杯 やれることはやった
という 気持ちが これから生きていく家族のささえになるのではないかと 家族に後悔とかして欲しくないので・・・
書き換えました  
延命治療を 3日だけしてください と
3日あれば 離れている家族も来れるし意識はなくても 生きている私と会えるし・・
3日なら 我慢出来る(笑)

だだ 自分の事は決められるのですが
今 一緒に暮らしている父は 今年89才です 要介護2で 少しずつ子どもに返っていっています まだ どちらさん? とは言われていませんが(笑)
夫が 父にとてもやさしくしてくれるので本当の息子だと思っているみたいです

これが どうしたいのか聞けない・・ 
私は 一人娘でお嫁にいってしまったので
(今となっては ほんとに親不孝やとおもうのですが 夫や家族と幸せなので許してくれるかな~と) 両親が元気な時に お墓をどうするか 決めたので (その時は 病気とか 入院したときに 言える話ではないと思ったので) 両親は とても安心してくれました
父と私は大阪人です
ぼけと つっこみで親子漫才です
何度も 何日や? と聞くので 適当に(笑)答えると 何日やろ と正しい日にちをいうので わかってんねやったら 聞かないでよ  ぼけてへんか確かめたんや 

はよ死にたい と言うので
死んだら帰ってこられへんで・・
そうか ほな もうちょっと生きるか

このまま 穏やかな毎日が過ぎて欲しいと願っています

なんだか矛盾した 変な長いコメントになってしまってごめんなさい

投稿: sora | 2008年7月11日 (金) 11時36分

pencil日向夏さんへ
お父様、どんなお気持ちで治療を受けておられたのでしょうね。
私の父も戦争体験者で、元気な頃は文句ひとつ言わない穏やかな人でした。
その父が痛いというのだから、よほど痛いのだろうと想像してしまいます。
最近は介護師の方が二人がかりでなければ、おしめ交換ができなくなりました。
残り少ない時間を、せめて穏やかにと思わずにいられません。
日向夏さん、お互いに痛いときは大きな声で”痛い”といいましょうね。
父は、痛みが治まると、「痛いと言うと、少し痛みを忘れる」と苦笑いしていますよ(笑)

pencilムムムさんへ
ムムムさんのお父様も早くお亡くなりになられたのですね。
家で義母を介護していたとき、「おじいちゃんは早く死んでよかった」と呟いたことがありました。うちも義父も、63歳であっという間に心臓麻痺で亡くなっています。
義母は、うつ病で苦しんでいたときだったからでしょうが、そんな風に思わせてしまう老いは悲しいと胸が痛みました。
元気で、精一杯楽しい老いを過ごすには、きっと努力もいるのだと思います。
そして、苦しまない終末医療を確立して欲しいと思います。


pencilマウンチョ!!さんへ
ご主人のおばあちゃん位の年齢の方が、それだけの意志を持っておられたのは、とてもご立派な方ですね。
自分のためでもあるけど、家族に迷惑をかけたくないという意思もあると思います。
医療が進むに従って、命はベットの上でいくらでも長らえることができるようになりました。
自然に生き、自然に死ぬという当たり前の人生は、望めないのでしょうか?


pencilmicoさんへ
そうですね。
そろそろ考えなくては、と言いながら、ズット年を重ねていきそうです。
しっかり判断が付く内に、やはり子供たちとも話し合っておく必要はあると思います。


pencilHappyばあばさんへ
食事も呼吸もチューブで寝たきりの10年は、ご本人もご家族も、あまりに長い辛い日々ですね。
それでも、触ると暖かいお母さんなんですよね。
「終末期をどう生きるか」と聞いて、どう死を迎えるかではなく、最期まで人として生かせたいという、この病院の思いを感じました。
今は一応元気なので、私もそうありたいと思っていますが、そのごに及ぶとどうでしょう?


pencilとなりのとまとさんへ
とまとさん、お義父さんのとても具体的なお話で、この問題の一番難しい場面が想像できます。
お義母さんどんなにお辛かっただろうと、胸が痛みますね。
家族のためにも、自分の意思を文書化するのは、やはり大切と改めて思いました。
本人が望んだのだからと、ずるいようだけど自分への弁明ができます。
逝くものは、せめてそんな形でしか、残る者たちを救ってやることは出来ないように思います。

pencilkutarouさんへ
自分がkyutarouさんの立場だったら、同じことを言えるのか自信がありません。
kyutarouさん、話さなくてもわかったり、知らぬ間に過ぎることってあるんじゃないでしょうか?
前向きにがんばってるkyutarouさんだから、きっと乗り越えられると信じています。


pencilあきのさんへ
あきのさんやossさんのように、人生を大いに楽しんで、老いを迎えるのが私の理想です。
さすがあきのさん、もう書いているんですね。痛いのと、苦しいのだけは、ほんと堪忍していただきたいものです。


pencil台所のキフジンさんへ
お父さん、自宅で看取ってあげられたのは、せめてものすくいですね。
うちの父は、今は、介護者二人がかりで、おしめ交換をしてもらっています。痛がるので、体の動かし方が難しいようです。
ベットの上での5年間も、見ているほうは辛いですね。
この記事を書いて、皆さんいろんな経験をお持ちで、改めて難しい問題だと思い知らされています。


pencilhiroさんへ
ほんとのところは、私もhiroさんのように思うかも知れません。
でも、文書にしておくことで、自分に言い聞かせることも出来るし、なにより家族に辛い決断をさせずにすむかな?と、元気な今は思っています。
しっかり判断のできるうちにと言っているうちに、あれよあれよと年をとってしまいそうです。

投稿: ネモフィラブルー | 2008年7月11日 (金) 00時18分

 私の親父は、戦争を経験した人で、痛いとかつらいとか一言も言わない人間でした。終末のときもそうでした。果たしてどうだったのでしょうかねぇ。私ならすぐに痛いと叫んでしまうでしょう。延命処置をしましたが見ているこっちのほうがつらかったという記憶があります、もう15年位前の話ですが。
 年老いて終末時期になると徐々に痛さを感じなくなるのでしょうかねぇ?何も言わなかったので理解できないのが残念ですね。
 いずれにしてもあまりにも難しい問題ですね。

投稿: 日向夏 | 2008年7月10日 (木) 21時27分

この番組は見なかったのですが、とても悩ましいテーマですよね。
自分で判断できるうちは、私自身は、延命治療はしない(例えば人工呼吸器をつけない)を選ぶと思うのですが、いざ、その時になって意識朦朧の中で助けて~という意識が働きそう。
親の場合には、もっと複雑かも。
実父は、60代後半で何回かの入院中に急に亡くなりました。苦しんだ様子はなかったようですが、あっけなくて、とても残念で悲しかった。
かといって、苦しいだけでベッドに横たわっているのを見るのは、肉親として辛いですよね。

投稿: ムムム | 2008年7月10日 (木) 19時56分

終末期医療、難しい問題ですね。
主人のおばあちゃんが、元気な時から もし病気で入院したら、延命治療はしないで、、と言うのが口くせでした。
そして亡くなったあと、きちんと紙にそのことが書いてあるものを 後で見せてもらい意志の強さを感じました。
闘病生活が長いと もっといろいろ感じますよね。

投稿: マウンチョ!! | 2008年7月10日 (木) 18時35分

終末期医療、難しい問題ですね。
私もそろそろ考えなくては(苦笑
パンダイワギリソウ初めてです。
実物を見たくなりました。
お父様お大事に。

投稿: mico | 2008年7月10日 (木) 08時49分

こういうことは大事ですが、改めて話し合ったりしたことはないですね。
生に執着することは多分ないと思います。
子供が小さければ別でしょうけど・・
夫の母は筋肉の難病で今喉を切開しないと死んでしまうという切羽詰まった状況でしたので、子供たちの一存で手術しました。
それ以来食事もチューブ、声も失いました。
喉にチューブをさして人工呼吸です。
それから10年寝たきりでした。
他の臓器が強かったから長生きできたのですが、母の本心はどうだったのか、誰もわかりません。
選択するというのは、どういう結果でもつらいことですね。

投稿: Happyばあば | 2008年7月10日 (木) 07時55分

難しいですね。
私は、義父の臨終に一人で立ち会った時の義母の気持ちを思いました。
肺ガンの末期で、最後の入院の時に、必要以上の延命処置はしないで欲しいと、医師に伝えていたのですが、実際その時がきた時、咳き込み、呼吸ができなくて苦しむ義父の病室で、看護師さん達は、医師を呼びに行く様子もなく、「これ以上は何もなさらないということなので」と言って立って見ていただけだったと。義父の身体を抱き、さすり続けていた母の気持ちは、複雑だったと思います。
後に、「分かっていたけど、苦しんでいるのを何もしないで見ているのは辛かった」と言っていました。
延命処置を断ったのが、義父本人ではなかったことも、義母を苦しめた理由かもしれません。
そういう意味でも、告知を含め具体的に本人の意思に従い文書化しておくことは大事だと思います。

投稿: となりのとまと | 2008年7月10日 (木) 00時00分

こんばんは~~
誰もが避けられない問題ですね~~
我が家は今この問題と向き合って居ます、病気にも依りますが、本人と話し合えるなら、どんなに、気が楽か、いえない場合は大変です、病人は些細な事に神経をめぐらせて悪いほうに勘ぐります、空っとぼけてごまかしながら、いずれこの問題がやって来る覚悟をしなくてはと思って居ます、以前ご主人が言われた「死ねないと辛いだろ」といわれた言葉が私の気持ちを支えてくれてます、一日一日
が悔いの無いようにと心がけて暮らして居ます パンダイワギリソウ私も始めて見ました
heart04

投稿: kyutarou | 2008年7月 9日 (水) 23時31分

わたしは痛み以外はやって欲しくないとノートに書いています。
人間一度は死ぬのだから、これだけ面白い人生やったのだから、ここまででいつ死んでもいいと、そんな気持ちです。

投稿: あきの | 2008年7月 9日 (水) 23時27分

コンバンワ
大切な問題ですネ
ウチでヮ父ヮ自宅で逝くことを選択週1回の往診と週1回の看護婦さんの手当て それで終末を迎えることが出来ました
もちろん母も私も元気で介護が出来たからでヮありますが 川崎の父ヮ イロウという処置をしてベットのままの生活を5年もしていたでしょうか 彼が逝ったときにヮ コレで楽になれただろう そう思いました
ただ命永らえることも辛いことが多くのしかかってきてしまいますねーーv。。。

投稿: 台所のキフジン | 2008年7月 9日 (水) 21時33分

ネモフィラブルーさん、こんにちは~
終末期医療はとても難しい問題だと
私は思います。
今はネモフィラさんと同じ様な考えですが、
老齢になり 実際自分がそのような立場になったとき
今のように潔くいられるかは自分でもわかりません。
死への恐怖が襲ってきてどんなことをしても生きたいと
生に執着しているかもしれません。
バンダイワギリソウ、綺麗ですね。
はじめて見ました。

投稿: hiro | 2008年7月 9日 (水) 16時12分

pencilセンジュさんへ
センジュさん、事も無げに記事に入院の事書いてたけど、大変な思いをされてたんですね。
健康な者には想像がつかないだろうなと思います。明日この痛みから解放されるという見込みが無ければ、どんなに辛いことでしょう。体だけは自分の意思どおりにはいかないものです。
大きなHCに月1回、山野草の専門店の出店があるのです。メーカー直なので、苗が新しく、安いのですよ。

投稿: ネモフィラブルー | 2008年7月 9日 (水) 14時09分

先日、足の手術をした時の
術後の辛さ。
腰が痛くても、自分で動かせない。。
朝までがすごく長かった。
人間って簡単には死んでいけないのだ。。
と思いました。
お父様の苦しみが少しでも
軽くなりますように。。
山野草屋さん?
山野草ばかりを扱っているのですか?@^-^?

投稿: センジュ | 2008年7月 9日 (水) 13時26分

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