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2008年4月 2日 (水)

老いを見つめて⑤(ありがとう)

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   ビオラのハンギング  
   
やっと花がたくさん咲き始めました。
今年は、寒くて遅い遅い。



義母はついに、うつ症状がほとんど見えなくなり、手すりをもってゆっくり歩いたり、会話も普通に戻ってきた。
抗うつ剤は止めるタイミングが難しいのでまだ続けている。
時折???と思う軽い認知症状はあったが、、私の母よりはまだ軽い。
時々、胸に両手を当てて、「なんだかしんどい。不安でしかたない」と言ったが、ある日それは空腹の訴えだと気づいた。少し食べ物を口にすると、ケロッと治まる。
相変わらず、外出は嫌がり、あれほど好きだった大相撲も見ない静かな環境を望んだが、一人で留守番することもできるようになり、私も外出がしやすくなった。

そして、「ホームへ行きたいな~」が始まった。
こんどは、誰も何の不安もなかった。

両親の時からもう5年間、お世話になっているかかりつけの医院の看護婦さんには、いつも励まされ、どんな時間も電話で相談にのっていただいた。
的確な方法を提案していただくと、安心できたし、希望も見い出せた。
ケアマネージャーは、細かな手続きを快く引き受け、最後の最後まで、アドバイスをもらい、頼りにしていた。
義母のホームへの入所に最初は反対していた義姉達も、最後は理解を示した。
先日面会に行き、、義母がとても元気になっていて、笑顔を見て安心したと喜んでくれた。
夫は、いつも100%私をかばい、出来る限り私を助け、事務的な諸処の手続きに仕事の合間をぬって奔走してくれた。
そして、私に「あんたをいつまでも縛るわけにはいかん」と言ってくれた義母。

みんなありがとう。

  静かなお茶の時間                                                                           
0501070008 おかげで、義母は最初の望みどおり、私の両親のひとつ置いてとなりの部屋に表札を掛けてもらい、「私の家や。終の棲家や」とうれしそうに暮らし始めました。
ホームには、自分と同じように痛みを抱えた人や、自分のほうが励まし、手助けしてあげられる人などいろいろで、仲間がいることの安心感は大きいようです。
第2ステージは始まったばかり。
これから、この母達にどんなことが待ち受けているのかわかりません。
子としては、穏やかに穏やかにと願うばかりです。
                                        
二人の母に「また来るね」と手を振りながら、ふと気づいた。
義母は、私の母がいなければホームへは入所しなかったでしょう。
私は、このまま義母との暮らしが続けば、不自由な暮らしに不満や疲れがたまり、どうなっていったでしょう?
いつも優しい笑顔の母が、義母と私を助けてくれた。
90歳の母は、こんな年齢になった私を、まだ守り、助けてくれたのです。
「ありがとう。おかあちゃん」
涙がぽろぽろこぼれた、帰り道でした。                 

短い間だったけど、老いをそばで見つめ、自分の老いや死について考える日々でした。
老いに関する本、病に関する本もたくさん読めました。
夫はよく言います。
「人間、死ねなかったら辛いだろうな。死ねるからこそ、今を一生懸命生きられる」
若いときはよくわからなかったけど、今は、心からそう思えます。
明日かもしれない死ねる日まで、元気に、穏やかに暮らせたらどんなにいいでしょう。
老いも、死もいつか誰にもやってきます。
死は生の延長上のとなりにあると、自然に受け止められる自分になりたいと思ったのでした。

文で伝えることは、私にはとても難しいことでした。
それでも、いつか、何か、ヒントになればと書かずにいられませんでした。
ちゃんと伝わらなかったらごめんなさい。 





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コメント

pencilすみれさんへ
だらだらと長い記事を読んでいただいてありがとうございます。
私のブログに訪ねてくださる方は、年齢の近い方も多く、同じような思いや悩みを抱えていらっしゃいます。
お互い、いろんな情報を発信して、なんとかいい方法を見つけましょう。
私も、今はこんな形で落ち着いていますが、明日はどうかわかりません。
入院をすると、急に容態が変わることも多いし、治癒しても、どこにどう落ち着くのか、条件もあるし、大変かとは思います。
公の制度を充分活用して、ケアマネや、看護師さんに助けてもらってください。
私は、何度も何度も、助けてもらいましたよ。
私でわかることなら、いつでも聞いてください。

投稿: ネモフィラブルー | 2008年4月23日 (水) 10時09分

拝見させて頂き、胸が熱く成りました。
良く頑張って介護され、私が同じ立場だったらと
考えさせられました。
義母様のお言葉「あんたを何時までも縛っているわけにはいかん」のお言葉も
素晴らしい介護に対する感謝を十分感じてのお言葉だと思います。
ご主人様の優しさと理解、これも介護を頑張れた大きなエネルギーに成った事でしょうね。
ご主人様のお言葉「人間死ななかったら辛い・・・・・今を一生懸命生きられる」
この言葉、もっと一日一日を大切に一生懸命に過ごさなければと反省しています。
私、高齢の母が又入院をしています。
退院後の事が心配で、如何すべきか?思案して居ます。

投稿: すみれ | 2008年4月22日 (火) 22時59分

pencilセンジュさんへ
はじめまして。
コメントありがとうございます。
この問題は、人それぞれ、環境も経験も価値観も違うので、うちの場合が参考になるかどうかわかりませんが、こんな例もあるということで。
義母は、若いときから、自立心が強く、束縛されるのが嫌いな人でした。
その分、自分が人を束縛するのも嫌なのだと思います。
それと、いつでも誰かがそばにいて助けてくれたり、自分自身出向いていけるという利点は、ホームならではこそで、個人のうちでは、いつも人がいられないので、我慢も強いられます。
入所も在宅も、よい面も悪い面も持ち合わせていて、結論付けるのはとても難しいですよね。
看る側も看られる側も、安心できるようになるといいですね。
お疲れなさいませんように。
何か私でお答えできそうなことであれば、いつでも尋ねて下さい。

投稿: ネモフィラブルー | 2008年4月21日 (月) 09時41分

hiroさんの所からお邪魔しました。
認知症の義母がおります。
ホーム入所には夫も私も葛藤がありますので、参考に読ませていただきました。
義父母の介護で自分の老後や
終の棲家について考えていかなければと
しみじみ思っています。
記事とても参考になりました。
ありがとうございました。

投稿: センジュ | 2008年4月21日 (月) 08時43分

pencilロココさんへ
ごめんね。気をつかわせてしまいましたね。
人それぞれ、環境も立場も違うから参考になるかどうかわからないけど、なにかのヒントになることもあればと書いてみました。
聡明な義母なので、自分を大切にしたい気持ちも、子供達を大切にしたい気持ちも、持ち合わせていたのだと思います。
どっちをとっても、よい面も、悪い面もあって、どの方法がベストとは誰にもわからないし、どちらが正しいとも言えないのでは?
老いても、個人を尊重されたいと願う気持ちは、私たちもわかります。
きっと、自分も年とったら、今の親の気持ちがもっとよく理解できるし、同じことを言いそうです。
幸い、「私の思ったとおりだった」とすっかりホームになじんで、実母と仲良く暮らしています。切ないなんて言ったら、怒られそうな母達なんですよ(笑)

投稿: ネモフィラブルー | 2008年4月11日 (金) 23時19分

ご無沙汰してすみません、と言うかお邪魔はしていたのですが、中々コメント出来ませんでした。
今のロココにとってはスゴ~ク重いテーマで、どうコメントしても他人事の言葉しか出てこない・・・。
ロココも両親が83と82才で何時介護生活がきてもおかしくない・・・でも考えたくないが本音で、親は何時までも元気じゃないのは分かっていても、考えたくない。
お義母様の、「私の家や。終の棲家や」と言う言葉がなぜか切ないです。
ごめんなさいこんなコメントしかできなくて。

投稿: ロココ | 2008年4月11日 (金) 22時05分

pencilkyutarouさんへ
なんだか病院通いをしていらっしゃるようなので、心配していましたが、そんな事情を抱えてのことだったのですね。
今、元気な者が何を言ったところで、たわごとにすぎず、何の慰めにもなりませんが、私の兄も、義姉も一時は心配する大病を患いましたが、5年経ち、今やっと健康だと言えるようになりました。
ご家族の精一杯が、ご主人の健康を取りもどせることと信じています。
kyutarouさんご自身のお体も大切に!

投稿: ネモフィラブルー | 2008年4月 7日 (月) 23時47分

ネモフィラブルーさんmoon3
ご無沙汰していました~~
人間、死ねなかったら辛いだろうな。死ねるからこそ、今を一生懸命生きられる
この言葉に胸が熱くなり、そうかこう考えれば少しは気持ちも救われそうだなと思われて
来ました、お言葉どおり一生懸命家族を守り
私を自分の親兄弟からかばい、頑張ってきた
主人が突然の重病と闘って居ます、気力が萎えてしまわないよう家族で励まし続けて居ますが1ヶ月前までは退職後のシニアライフを
楽しんで、海、山に楽しみを見つけ友達と楽しんでいました、晴天の霹靂とはこのことか
と、思われる出来事に、我を忘れそうになる事もしばしばでした人の運命の残酷さをつくづく感じています、でも今日を精一杯の事
をしようと心に決めて居ます、少し気持ちが
楽になりました、ありがとう

投稿: kyutarou | 2008年4月 6日 (日) 23時13分

pencilあきのさんへ
個々人が自由でいられることは、当たり前のことではないと強く感じます。
いつも、何がベストかは、誰にも本当のところはわからないと感じます。
あきのさんやossさんの年齢になって初めて気づくこともあるのでしょう。
普段のあきのさんやossさんの記事で、いっぱい教わっています。


pencil台所のキフジンさんへ
施設、病院など、入退院を繰り返し、入所先をいつも探している人も多いですね。
経済的な問題は、ことにこの問題を難しくします。うちの場合も、今はこの状態で切り抜けますが、先の事はわかりません。


pencilポエポエさんへ
あまりに自由でのんきに暮らしてきたことの付けが今になって回ってきたようです。
必ず自分にも降りかかる問題は、想像も難しい。思い通りにはいかないものです。
ほんと、今、自分にできることをひとつづつ精一杯やるしかないですよね。
お互いがんばりましょうね。


pencilつれづれさんへ
つれづれさんの年齢のころは、親達もまだ元気だったので、老いの問題への緊迫感は希薄でした。
残念ながら、必ず老いは誰にもやってくる。
世間には、何年も介護に明け暮れて疲れ切っている人も多いことを思えば、私の経験など微々たるものです。
自分は、いい人にはなれないと、思いっきり自覚させられる情けない経験でもあります。
精神的には、自分で何とかできる可能性があるけど、経済的には、ほんとうに大変な問題ですね。

投稿: ネモフィラブルー | 2008年4月 5日 (土) 09時05分

ネモフィラブルーさんのブログを読みながら介護する立場の自分と
される立場の自分の両方を想像していました。
学ぶことがとても多かったです。ありがとうございました。
「あんたをいつまでも縛るわけにはいかん」
という言葉をお嫁さんにいえるような人に私もなりたいな。
そのための精神的な準備や経済的な準備をしなければ!
お母様おふたりが
いつまでも おだやかな笑みにあふれる日々でありますように♪

投稿: つれづれ | 2008年4月 4日 (金) 22時18分

なんだか、胸がいっぱいになって目頭が熱くなりました。
「みんな ありがとう」のネモフィラブルーさんの言葉が、胸に沁みます。
今、自分の目の前にある やらなければならない事だけを、一生懸命やっていけば それでいい、と いつも自分に言い聞かせて
生きています。

投稿: ポエポエ | 2008年4月 4日 (金) 22時14分

おはようございます
老健ヮ最長6ヶ月くらいだと思います
その間に次を捜す と云うことになりますが
母の最初の施設として 私たち家族のコトを良く知っていてくださるところへと思いました 都立でもあるので金額的にも其処しかなかった と思っています 上手に生き抜くこと 難しいですネ ・・

投稿: 台所のキフジン | 2008年4月 4日 (金) 08時58分

読み終わって、ジーンとしました。そのときどきがテレビの画面のように浮かびました。
あたたかくて、ものがなしいストーリーでした。よい落ち着きになりましたね。

投稿: あきの | 2008年4月 3日 (木) 23時19分

pencil鶴子さんへ
はじめまして。
と言っても、お名前はあちこちで拝見していたので初めてのような気がしませんが、コメントありがとうございます。
いつまで経っても、親子の関係は逆転しません。
きょうもホームへ行きましたが「体に気をつけなあかんよ」と見送ってくれました。
いつになったら親孝行できるのでしょう?
せめて、心配はかけたくないと思っていますが。


pencilmicoさんへ
私たちもいずれ迎える老いの日。
なかなか望みどおりにはいかないだろうけど、できれば元気で、穏やかにむかえたいですね。
せめて体力づくりに、お互い里山を歩きましょう。


pencil葛布織さんへ
はじめまして。コメントありがとうございます。こちらこそどうぞよろしく。
父の事はあまり書きませんが、足が不自由で、今は車椅子生活です。
デイに行くよう説得するのに、3年かかりました。お風呂やリハビリは、寝たきりにならないために必要だけど、男の人は難しいようですね。お義母さんが、健康を害されないかと心配ですね。
まだ、これからいろんなことがあると思いますが、私でわかることなら、お役に立てるかどうかわかりませんが、いつでも聞いてください。
ガーデニングも、我流ですが、なにかお役にたてるといいですね。
青い花ばかりで味気ないでしょう?


pencilossさんへ
ダラダラと長い文になってしまいました。
文章で表現するってやっぱり難しいです。
義母は、私に限ってこんな風になると思わなかったと言いました。
うつは早く気づけば治るし、認知症も進行を遅くすることができるそうです。
義母は友人を作るのが苦手で、何でも一人で動きたい人でした。
ossさんのような、友人という財産をたくさん持っている人は、ずっと元気でいられると思います。私も見習います。


pencilminigardenさんへ
今でも、ホームへの入所がほんとにベストなのかわからないままだし、犠牲を払ってでも、私が看るべきではなかったのだろうか?と思います。
ただこれで終わりではなく、現に今日、義母はまた転んで、病院に行きました。
幸い軽くて済みましたが、明日の事はわかりません。
「更なる展開があってもうまくいく」何よりの励ましの言葉です。ありがとうございます。


pencilHappyばあばさんへ
自分の問題になったとき、初めて義母の今の気持ちが理解できるのだろうと思っています。
今は、義母の言葉をそのまま受け止めることが義母の望みと思っています。
最近は、夫が奥さんの介護をしている例も少なくないようですね。
育児教室のように介護教室も男性の参加者が増える日も近いでしょう。男性にもがんばってもらいましょう。


pencil台所のキフジンさんへ
「人それぞれ違う寿命を精一杯生きよう」と夫は言っているのだと理解しています。
でもそれは、今は一応健康だから言える事なのかもしれません。
老健は数ヶ月しか居られないのではありませんか?
両親の入所にあたり、いろいろ調べましたが、施設によっては、簡単に入所できないのが実情のようですね。
うちの場合は、介護付きの有料施設なのとタイミングもよくて入所も簡単でしたが、皆さん施設入所では苦労されてるようです。


投稿: ネモフィラブルー | 2008年4月 3日 (木) 23時09分

ご主人の『死ねなかったら。。。』と云うヒトコトがつまります
命の水も 私自身入所していた老健で夏の最高気温 と云うニュースと 部屋がわからない と言い出す人数ヮ 正比例していました
車イスの背中のポッケにペットボトルを入れて暇があると 薬のように飲んでいます
飲みすぎて よくないこと も在るそうですが ・・ それヮそれで ・・
ウチでも ケアマネさんの尽力でどうにかお母さんは入所できるようになりました
いま 母に優しくなっている自分を確認することができるのも 彼女の真っ赤なホッペとダブって見えます
一度母を引っ張って転ばせてしまったことのある私にヮ打ち所が悪ければ 殺人犯 になっていたかも という気持ちもありました
やはり義母も老健へ入所しているので 嫌がっている母に 川崎のお母さんも入っているのよ と云うことができました お互い何かで助け合っているんでしょうね 私の癌の再発も痴呆の母を受け入れてもらうにヮ プラスに働いたかも って云えば云えるみたいです 

投稿: 台所のキフジン | 2008年4月 3日 (木) 11時01分

おはようございます。
とてもよく伝わりましたよ。
<命の水>忘れないようにします。
夫にもよくお願いしておきました(笑)
私の介護はちゃんとしてくれるそうです。
それにしても大変な数ヶ月間でしたね。
ネモフィラさんのきめ細やかな気配りや愛情に頭が下がります。
我が家には既に4人ともいませんが、しょっちゅう昔がよみがえり時間が止まったように聞こえない声とおしゃべりしています。
お義母さんも今は穏やかにお過ごしなんでしょうね。何よりです。
ネモフィラさんが心穏やかにいられることも何よりです。
お花たくさん見せてくださいね~

投稿: Happyばあば | 2008年4月 3日 (木) 07時01分

お義母様をお宅に迎えられてから現在に至るまでのこと、
本当によくわかりました。
ブルーさん、ご主人、お母様、お義姉様、介護の方たち・・・たくさんの温かい人たちとその愛情に包まれて、お義母様は今の場所にあるんですね。お義母様は愛情深い方。ブルーさんのお母様も。
ご主人も素晴らしいです。心からそう思いました。
これから、更なる展開があっても、うまくいく。そうも思いました。

投稿: minigarden | 2008年4月 3日 (木) 01時00分

素晴らしいエッセーでした。周りの人もネモさん夫婦もお義母さまも、ネモさんのお母様も、みんなみんないい人ばかり。
それでも辛くて泣く日がある。
人生ってそういうものなのですね。
私にも必ず来るし、娘にも来る。
ありがとう!!ネモフィラさん。
また花一杯で私を羨ましがらせてください。

投稿: oss102 | 2008年4月 2日 (水) 21時01分

はじめまして
ossさんのところからお邪魔させてもらいました
私の両親は とても元気ですが義父が脳梗塞から体が不自由になり介護の日々です
最初はディサービスも利用していましたが
途中から嫌がり今は寝たり起きたりの状態で歩いたりリハビリを嫌がるのでどんどん歩行ができなくなって心配しています
義母は大分ストレスがたまっているようです
まだ70代で若いので頑張って欲しいのですが嫁の私は意見できない立場なので様子をみて義母のお手伝い程度のことはしています
この記事を読ませていただき色々考えさせられました
それからとても綺麗なブルーのお花たちに
感激でした
1年前くらいからガーデニングに興味を持ち始めました
私の好きな花ばかりでうっとりしてしまいました
また遊びに来ますね
宜しくお願いします

投稿: 葛布織 | 2008年4月 2日 (水) 21時00分

こんにちは
どちらの両親ももう居ませんが
自分の老後を深く考えさせられました。
どうも有り難うございます。

投稿: mico | 2008年4月 2日 (水) 15時37分

初めまして。 oss102さんのところからお邪魔しました。
私の母は93歳で、2年前から特別養護老人ホームにお世話になっています。
認知症というほどではありませんが、老人特有の症状はあります。 (いや、これも認知症のうちかな?)
こんな年齢になる母ですが、私は今でも母を心の支えとしています。
母もいつまで経っても私たち子供のことを心配しています。
今日の記事は、痛いほどよく分かりますよ。

投稿: 鶴子 | 2008年4月 2日 (水) 13時46分

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