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2008年3月29日 (土)

老いを見つめて①(不安)

雲南桜草
ソメイヨシノはやっと、蕾が膨らんできたが、一足先に満開の桜草です。
種で増やせるらしいので、来年はもっと増やしてみよう。
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義母は、うちへ連れて来てから少し落ち着いたが、自分の中で根本的な問題が解決していないのか、すぐに不安定さがもどってきた。
夜に睡眠剤を常用し、眠ってすべてを忘れられる時間だけを待ち望んだ。
私の両親と同じホームに入所したいという想いが再び募り、私たちも、そのことが義母を今の苦しみから救える唯一の道のように思えた。

入所への数々の手続きや、諸々の準備を整えるに従って、義母は嬉々として希望を見出し、カレンダーに赤丸をつけて入所の日を待ち望んでいた。
「ほんとうにホームに入りたい?」
「私に気をつかっているんじゃないん?」
「義姉さんが、元気になったから、また帰ってこないか?って言ってるよ。
 おばあちゃんの好きなようにしたらいいんやで」
時折たずねても、真剣に怒って、
「そんなことはない。ホームが天国に思えるから行きたいの。自分のためなの」と言う。
自立したい、自由になりたいのだと思えた。
なにより、自分のまわりの愛する人たちを束縛しない自分でいたいのだと思えた。
そんな気持ちはとてもよくわかるし、そんな義母だということも、私たち夫婦は充分理解している。

しかし、私の心の中では、日々の義母の様子を見ながら、「これでいいのか?」の想いが大きく膨らんでいく。
ホームへの入所の良し悪しは別にして、こんなに希望を見出しているはずなのに、時折見せる暗い表情と、睡眠時間がますます少なくなってゆくことは、より私を不安にした。
食欲だけはまあまああるが、どう見ても抑鬱症状は顕著だった。

決定的にダメだと感じる状況に陥ったのはお正月だった。
長男が小さな孫達を連れて家族4人で帰省した。
義母にとっては久しぶりの孫やひ孫との対面、ましてや下の赤ちゃんには初めて会えたこともあって、涙を浮かべとても喜び、うれしいお正月を迎え、賑やかな楽しい時間のはずだった。
次の朝早く(6時ごろ)、お風呂に今入りたいと言う。
もともとお風呂嫌いの上、寒いのと、体が思うように動けないこともあって、普段はお風呂には入りたがらないので、驚いた。
お風呂の介助をしてホッとしていたら、「○○さん、なんだか不安で怖いから抱いてちょうだい」と辛そうに胸を押えて言う。
夫に対しても同じように言う。
しばらく、ぴったりと抱きしめると落ち着いたが、今度は「赤ちゃんの声が気に障るので、帰るように言って」と言う。

近くの精神科外来の正月休みが終わるのを待って、診察を依頼した。
うちに来る以前も、何度か精神科には受診していたらしいが、食欲があったせいで、うつ病とは診断されず、そんなに眠れないならと、睡眠剤だけを処方してもらっていたらしい。
けれど精神科外来では、突然の診察は断られた。
まず、精神科外来の初診は予約がいること、それも1ヶ月待ちは普通であること、何より大切なことは、高齢者の場合、老人精神科外来を受診したほうがよいと、アドバイスを受けた。

真夜中には完全に覚醒し、昼間は身のやり場に困り、不安を訴える。
本人も、その頃になると「私には資格がない」などと言いはじめて、とうとう、あと2日に迫っていたホームへの入所予約を断わった。

はちきれんばかりの風船が、スーッとしぼんでしまうように、意欲も希望も気力とともに消えうせ、うつろな瞳で天井を見つめて横たわる。
体の力も萎えて、トイレに立つのがやっとになった。
TV、電話を嫌がる。ましてや私のピアノの音は不快そのもの。
咲き誇る窓辺の花も、みかんをついばみに来る小鳥達も、きらきら輝くダイヤモンドダストもただ無感動に見るだけ。
誰にも逢いたくないし、何に対しても興味を示さない。

かかりつけの医師に、老人精神科外来のある病院への紹介状を書いてもらい、やっと初診予約が取れたのは、それから2週間後だった。

 この記事は続きがあるので、コメント欄は、最終回に設けます。

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