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2008年3月31日 (月)

老いを見つめて③(命の水)

0501160005 青い花々(116)
イオノプシデュウム

毎年こぼれ種で、庭のあちこちにたくさん咲いています。
小さくて、なんともかわいい花です。




介護師さんとの話の中で、すごいヒントをもらった。

ひとつは、
ホームの入居者は、1日の水分を1000cc摂取するように、きちんと一人づつチェックしていること。

水分の摂取量が少ないと、熱がでることがあるし、最近では認知症の原因になることもあると言われているらしい。
とくに寒い時期、高齢者はたくさん水分をとらない。
いつも、お茶と水はベッドのそばに置いていたが、飲む量は義母本人に任せていた。
食事の水分(お味噌汁、果物、牛乳など)も含めて、1日1000cc、ちゃんと量ることにした。

もうひとつは、
ウォシュレットに頼らず、なるべく自力で排便させること

義母は、ベットのそばのポータブルトイレで用をたすようにになってから、排便ができず、夫が水洗トイレまで抱いて連れて行った。
聞けば、もう何年も、便はウォシュレットの高温の湯を当てて、出させるくせがついていて、自力では出せないと言う。
それも、たいてい親指の先ほどの量しか出なかったらしい。 え~、そりゃあかんわ。
自力で排便出来るようになるまで、下剤を服用することにした。

この2つをはじめてから3日目、宿便と思われる大量の排便があった。
嫌がる入浴をさせて、タップリお茶を飲ませて、サテサテその晩、うちへ来てからはじめて朝までぐっすり眠った。
それどころか、朝食をとるとまた眠り、昼までスヤスヤ。
どうかなってしまったかと、何度も何度も息をしているか覗いてみた。

義母はこの日以来、すっかり薄着になり、食欲が増していった。
すっかり空っぽになったお腹から水分が吸収され、乾ききった体に満ち満ちていったに違いない。
吸収された水分は、体温に温められ、体を温める。
青白い頬が、薄くピンク色に染まってきた。

それまで、義母は異常な寒がりだった。
夫が「雪だるまみたいやな」というくらい、上下5枚ずつに、靴下は3枚、そのうえ、昼間でも布団を掛けて横になる。
それでも腰周りが寒いからと腰に毛布を巻き、足元には電気毛布。
ずっとそんな生活をしていたと言うし、痩せた人なので、そんな体質なのかな?と思っていた。
この世代の人は、節約のせいか、エコのせいか、あまり暖房をしない。
加齢とともに体の動きが緩慢になり、厚着をして、昼間から布団にもぐる。
体は、温めすぎて発汗するが、そんな意識もなく、水分は取らない。
寒さと体の不自由なせいで、お風呂へ入るのを嫌がり、血行を促すチャンスがない。
そこへ便秘が重なり、悪循環は体力を奪っていったと思える。
水こそが、命の源だった。

暖かい部屋、朝晩の着替え、入浴、歩行練習などなど。
義母自身に任せていた生活習慣を、私が規則正しく整えていった。
素直に私の指示に従ってくれた。

体は見違えるほど健康になったが、心のほうは?
次の難問が待つ。

 この記事は続くので、コメント欄は最終回に設けます。

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2008年3月30日 (日)

老いを見つめて②(診断)

立ちどまり しゃがんでみよう たんぽぽが 世界を見ている 高さになって                          
                      俵 万智 「花束のように抱かれてみたく」より

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大雪の日だったが、この日を逃すとまた長いこと予約が取れないので、介護タクシーをようやくケアマネージャーに見つけてもらって、診察に出かけた。
老人精神科外来は、待ち時間を入れるとほぼ1日仕事で、時間を充分とった問診、テスト、MR検査などなど。
生い立ちから始まるいろいろな質問は、、そばで聞いている私にも、矛盾に気づいたり、こんな風に思っていたのかと感じることが出来た。。

あんなにホームに行きたかったのに、元気がなくなった。
何にも、興味がわかないし、楽しいと思わない。
自分は役立たずの人間になってしまったことが悲しい。
ペースメーカーを埋め込んでから、不安が募る。
夫を亡くしてから何年くらい経つのか覚えていない。(30年経つのに、7年だと言う)
畑仕事が何よりの楽しみだったのに、野菜の名を間違える。

上の4つは想像していたが、下の2つは、「えっ?」と驚いた。

診断結果は、抑うつ症に加え、軽い認知症がはじまっているとのことだった。
認知症はまったく予想していなかった。
ときどき、時間や日にちを忘れる程度のことはあったけど、私達夫婦の忘れっぷりとさほど変わらない。
話の内容はつじつまがあっていたし、元気こそなかったが、相変わらずの聡明さをもって会話もしてきた。

高齢者の抑うつ症が認知症の前駆症状だったと後で気づくのはよくあることらしい。
「知っておきたい認知症の基本」川畑信也著(集英社新書)を読むと、
うつ病、抑うつ症、アルツハイマーなどの認知症の診断の区別は、大変難しいと書いてある。
認知がはじまるとうつ症状がでるのか、うつ症状が出始めると、認知症を起こすのか?
わからないけど、互いにリンクしあっているのではないだろうか?
高齢者のうつ症状は認知症より多いと言われている。

睡眠剤と軽い抗うつ剤の併用がはじまった。
ほどなく、相変わらず不安定な精神状態の中、熱が出た。
点滴を受けたが、熱は下がったのに寝込んでしまった。
このまま寝たきりになるだろうと思った。
介護認定を、要支援1から、介護2に上げてもらう手続きをした。
介護保険を利用して、電動ベットを借りたり、ポータブルトイレを買ったり、介護される側、介護する側、お互いの負担を少なくするよう、家での介護を組み立ててゆく。

その頃になると、私はさすがに疲れて、声が出にくくなったり、夜中に息苦しくなって目覚めたり、一人になりたいと泣いたりするようになっていた。
ケアマネージャーは、患者が二人にならないようにと、私のケアも心配してくださる。
母の笑顔に逢いたくて、一日夫に介護を替わってもらい、ホームへでかけた。
いつもお世話になっている介護師さんとしばらくお話して、介護のコツを教わった。

そして、ピンと気づいたことがあった。
この日を境に、ゆっくりだけど、大きく変化していくことになる。

 この記事は続くので、最終回にコメント欄を設けます。

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2008年3月29日 (土)

老いを見つめて①(不安)

雲南桜草
ソメイヨシノはやっと、蕾が膨らんできたが、一足先に満開の桜草です。
種で増やせるらしいので、来年はもっと増やしてみよう。
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義母は、うちへ連れて来てから少し落ち着いたが、自分の中で根本的な問題が解決していないのか、すぐに不安定さがもどってきた。
夜に睡眠剤を常用し、眠ってすべてを忘れられる時間だけを待ち望んだ。
私の両親と同じホームに入所したいという想いが再び募り、私たちも、そのことが義母を今の苦しみから救える唯一の道のように思えた。

入所への数々の手続きや、諸々の準備を整えるに従って、義母は嬉々として希望を見出し、カレンダーに赤丸をつけて入所の日を待ち望んでいた。
「ほんとうにホームに入りたい?」
「私に気をつかっているんじゃないん?」
「義姉さんが、元気になったから、また帰ってこないか?って言ってるよ。
 おばあちゃんの好きなようにしたらいいんやで」
時折たずねても、真剣に怒って、
「そんなことはない。ホームが天国に思えるから行きたいの。自分のためなの」と言う。
自立したい、自由になりたいのだと思えた。
なにより、自分のまわりの愛する人たちを束縛しない自分でいたいのだと思えた。
そんな気持ちはとてもよくわかるし、そんな義母だということも、私たち夫婦は充分理解している。

しかし、私の心の中では、日々の義母の様子を見ながら、「これでいいのか?」の想いが大きく膨らんでいく。
ホームへの入所の良し悪しは別にして、こんなに希望を見出しているはずなのに、時折見せる暗い表情と、睡眠時間がますます少なくなってゆくことは、より私を不安にした。
食欲だけはまあまああるが、どう見ても抑鬱症状は顕著だった。

決定的にダメだと感じる状況に陥ったのはお正月だった。
長男が小さな孫達を連れて家族4人で帰省した。
義母にとっては久しぶりの孫やひ孫との対面、ましてや下の赤ちゃんには初めて会えたこともあって、涙を浮かべとても喜び、うれしいお正月を迎え、賑やかな楽しい時間のはずだった。
次の朝早く(6時ごろ)、お風呂に今入りたいと言う。
もともとお風呂嫌いの上、寒いのと、体が思うように動けないこともあって、普段はお風呂には入りたがらないので、驚いた。
お風呂の介助をしてホッとしていたら、「○○さん、なんだか不安で怖いから抱いてちょうだい」と辛そうに胸を押えて言う。
夫に対しても同じように言う。
しばらく、ぴったりと抱きしめると落ち着いたが、今度は「赤ちゃんの声が気に障るので、帰るように言って」と言う。

近くの精神科外来の正月休みが終わるのを待って、診察を依頼した。
うちに来る以前も、何度か精神科には受診していたらしいが、食欲があったせいで、うつ病とは診断されず、そんなに眠れないならと、睡眠剤だけを処方してもらっていたらしい。
けれど精神科外来では、突然の診察は断られた。
まず、精神科外来の初診は予約がいること、それも1ヶ月待ちは普通であること、何より大切なことは、高齢者の場合、老人精神科外来を受診したほうがよいと、アドバイスを受けた。

真夜中には完全に覚醒し、昼間は身のやり場に困り、不安を訴える。
本人も、その頃になると「私には資格がない」などと言いはじめて、とうとう、あと2日に迫っていたホームへの入所予約を断わった。

はちきれんばかりの風船が、スーッとしぼんでしまうように、意欲も希望も気力とともに消えうせ、うつろな瞳で天井を見つめて横たわる。
体の力も萎えて、トイレに立つのがやっとになった。
TV、電話を嫌がる。ましてや私のピアノの音は不快そのもの。
咲き誇る窓辺の花も、みかんをついばみに来る小鳥達も、きらきら輝くダイヤモンドダストもただ無感動に見るだけ。
誰にも逢いたくないし、何に対しても興味を示さない。

かかりつけの医師に、老人精神科外来のある病院への紹介状を書いてもらい、やっと初診予約が取れたのは、それから2週間後だった。

 この記事は続きがあるので、コメント欄は、最終回に設けます。

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2008年3月24日 (月)

とび職できそう

ログハウスは何とか完成に近づいたけど、難問が残っていた。
夫は、笑えるほどの高所恐怖症。
少々お下品な表現ですが、夫は高いところに登ると「尻がすっぱなる(酸っぱくなる)」と表現します。なんか言い当てているよね。

作業に入ってから、2度はしごから落ちた。
一度は、手に持った道具がささって、頬にけがをし、×印が今も残っている。
「バツイチや~」と笑えないけど(クククッ)、血もたくさん出て、キズも深かった。

屋根から落ちたらと思うと‥‥オー怖い。

この日曜日は、二男を呼んで手伝ってもらうことにした。
ひょいひょいと登って、傾斜の屋根の上でも、手放しで歩く。
ご覧の通り、相当な傾斜なのですよ。

「すご~い」 夫も私も思わず拍手。

エンジニアよりとび職のほうが向いていたな~。
屋根にへばりついて身動きできないのが、夫です(どうしても笑えるクククッ)

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義母がいる間、静かな環境を強いられたので、帰るのを控えていた娘も呼んで、夜は屋根葺きの完成祝い。
久しぶりに4人で酒盛りのうれしい夕餉となりました。

青い花々(115)
オオイヌノフグリ

春の里山は、野の花で満開。
はこべ、なずな、おどりこそう、たんぽぽなど春の定番。
なんと言っても、ネモフィラ縮小版のような空色のこの花は、幼いころ、ござをひいてままごとしていた川原に、じゅうたんを引きつめたように咲いていたのを思い出します。

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2008年3月22日 (土)

夫の仕事とストックの関係

青い花々(114)

0501090023 ストック

春花壇は、このコーナーだけカラフルに咲き始め、一足早く春が来ています。
サカタの混合の種から育てたので、色も、八重も一重もいろいろ。
「一重だけにしたかったな~」とつぶやいたら、
「タキイは販売してへんか?夫の仕事、わすれてるやんか」と夫。

ありゃ~そうやった。




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ストックの種は、一重の花からしか採れず、それも八重と一重の種が混ざって出来て、分別するのは手作業で、それも豊かな経験がいるらしいそうです。
そうそう以前、夫は、タキイさんに依頼されて、”カンナの種の芽を出やすくするための穴あけ” ”ストックの種の八重と一重の分別”などをレーザーで大量に処理する機械をつくったのでした。
種から育てるカンナって、そのときはじめて知りましたが、主に海外輸出用で、種がとても固くて芽が出にくく、以前はひとつずつヤスリでこすって穴をあけていたそうです。
まだ、日本での小売用にはでていないかもしれません。
ちなみに今度は、小さな種を機械で蒔き易くするため、種にコーティングする機械の製作中だそうです。
私は、「均一に種の撒ける工夫、たとえば、均一に種を貼り付けたシートのようなもの(もちろん、シートは、水を含むと溶けて土に還るもの)を作れへん?」
とお願いしているのですが。
「ホコリみたいに小さな種も?」と頭をかかえる夫です。
たしかに小さすぎるよな~ カンパネラ、ペチュニアなどなど。
ま~、小さな小さなかわいい芽をピンセットでセルに移植するという、なんともイジイジした作業をする楽しみがなくなるのも残念かな~。

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生きてる?

枯らしたくないけど冬越ししにくい花壇の宿根草を、鉢上げして室内に取り込むのは大変。
万一、冬越ししてくれればラッキーと思いつつ、ほとんどは枯れると覚悟を決めて、花壇に残すつらい決断の冬。
以前、花壇のベゴニアのあとに、ひとつ小さな素焼きの植木鉢を置き忘れていて、春に鉢をどかしてみると(鉢は、さかさまに置いてありました)、もやしのようにベゴニアの新芽がたくさんでていたことをふと思い出した。
この冬のはじめ、そうだ応用してみようと実験。
春が来たので、さてさてその成果は?と

この鉢の下は? →        エンジェルラベンダー(アンゲロニア) upすると虫も見えます
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   この鉢の下は? →           カラミンサ。もう新芽が!
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同じように、コバノランタナ、インボルクラータ(ローズリーフセージ)など、今年の花壇は、あちこちに鉢を伏せて冬ごもりをさせてみました。
連日の雪の下でも、素焼きの鉢に守られてちゃんと生きていけたでしょうか?
新芽があがって花が咲くかどうかはまだ???
楽しみに待っていましょう。
よく見ると、小さな毛虫、ナメクジ、ダンゴ虫も刈り込んだ茎にしがみついていました。
君達も、越冬できたね~。

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2008年3月18日 (火)

春はきた!!

今年の冬は、ほんとうに長くて寒かった。           
いつになくしっかり暖房を入れた暖かい部屋で、窓辺に咲いたカトレア(日向夏さんに頂いた株に今度は2輪も花が咲きました)、デンドロニウム、シクラメンの華やかな花々のむこうに降りしきる雪と、餌カゴに集まるメジロたちを眺めて過ごす日々。
みどりも朝の散歩で、雪の中をひとっ走りしたら、後はお昼寝ばかりの日々。
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  それでもちゃんと春はきた。




いつまでも花壇は雪に覆われていたせいで、苗たちはなかなか大きくならなかったけど、ここのところの暖かさで、どれも皆、背伸びをはじめています。

だから、きっと寒い地方のように、今年はいっせいに花開く。

ネモフィラ、チューリップ、ムラサキハナナもスクスクと、もうすぐはじけそう。
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多くを学び、多くを体感したこの4ヶ月。
義母は、やっと健康と笑顔を取り戻し、のぞみ通り、私の両親と仲良くホームで過ごすことになりました。
この結末にたどり着くまでの泣き笑いの日々をいづれ書こうと思っています。
自分の老いについても深く考える機会となったこの冬の経験は、きっと私のブログに訪ねてくださる皆さんが、いつの日か参考にしていただけることも書けると思います。

0501020001_2 夫の造るログハウスですか?
土日曜はなるべく私を自由にするため介護を交替してくれたのと、連日の雪で思うようにはかどりませんでしたが、なんとかここまで進んでいますよ。


お休みの間も、ときどき覗いていただいてありがとうございました。
「青い花々①、②」を覗いてくださる方も多く、アクセス数がけっこうあって、驚いているのと同時に、もっとまじめにガーデニングをやりたいなと感じました。

近いうちに皆さんのところへも伺います。
春とともに、お花達同様、またよろしくお付き合いくださいね。

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