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2007年12月 6日 (木)

老いた母達

一週間前のことだった。
義姉が、義母を抱えて転んだと電話があった。
義姉は腰を強く打って起きられないらしい。
大急ぎで、夫と駆けつけた。
近所の方に助けていただき、救急車で病院へ行き、私たちが着いたときは、すでに帰宅して伏せていた。

義姉は70歳。老々介護の限界が見えた。
義姉を、もう一人の義姉にまかせ、義母をうちに連れて帰る事にした。

ここ数ヶ月来、義母は気が滅入るらしく、何度も病院に行きたがるが、何度診察を受けてもなんともないと言われ困っていると義姉の愚痴を聞いていた。
「病院に入院させて欲しい、○○さんのところへ行きたい、連れて行って」と、私の両親のホームへ同居したいと言っていたらしい。

義母は、まったく認知症とは縁がなく、普段は対等に話も出来る人だが、、心細げな物言いと、助けて欲しそうなまなざしは、いままでと違った。

考えてみるに、ペースメーカーを入れる手術をしてから、急に生きる気力が失せたように思う。
もっと元気に生きるための処置がかえって、災いとなったのか?

義母と、私の母は、私たち夫婦が結婚して以来、仲が良かった。
お互い年をとって、家をはなれ、それぞれの場所に落ち着いたように見えたが、事情は変わっていく。
一昨日、義母のたっての希望で、私の両親のホームへ連れて行った。

数年ぶりに会った齢(よわい)90の母二人は、手を取り合い、抱き合って泣いた。
ここ数年来、私の母が泣くのを見た事がなかったので、少し驚くと同時に、私も老いた二人がいじらしく、涙がこぼれた。

「○○さんと一緒に暮らしたい。ホームに入れるようにしてほしい。あそこは天国やった」
義母は、ホームを訪問して、なおさら入所への想いが募ったようだ。
以前から夫は、いろんな選択枝として、ホームに入ることもどうかと義姉に問いかけていたが、「そんなこと、とんでもない」と、即座に言われたと聞いている。

私は義母の気持ちが充分理解できる。
子供達に迷惑をかけたくない想いが叶えられ、生活や病のときの不安から解消され、そのうえに自分の大好きな同年齢の友人と、ゆっくり、ゆっくり手をつないで、お互い助け合って歩けたら、若い人にすべてを委ね、ただベットに横になっているだけの生活より楽しいと思えるのではないだろうか?
「あのときは、ああでしたな~」「そうそう、そうでしたな~」と、昔の事だけはしっかり覚えている私の母も、とぼけた相槌をうちながら、二人で廊下を歩いている姿を想像して、楽しい気持ちになった。

私の母が、こんな状態になった今も、”自分が父の面倒を見ねばならない”と思うことが、生きる糧になっているとすれば、義母は、このちょっととぼけた友人である私の母を、”自分が面倒見てあげねばならない”と思う気持ちが、生きる糧になるのではないだろうか?

夫は、「僕が望みを叶えてやるから、安心して」と義母をなぐさめ、うちに来てから、少し落ちつき、睡眠も食欲も普通になって、病院で診てもらいたいと言わなくなった。

その晩、ベットに入った義母の私を呼ぶ声がした。
「○○さん、なんだか歌いたいから、聞いてちょうだい」と歌を歌いだした。
「知床旅情」「琵琶湖周航のうた」「幸せなら手をたたこう」などなど。
「久しぶりに歌いたい気持ちになった。なんだか子供みたいや」
と唱歌を歌うのが大好きな義母は綺麗な声で何曲も歌い、眠りについた。
よほどうれしくかったのだろう。

さて、どう事は進むのか?

いつか訪れると思っていた事態が急にやってきて、忙しい日々です。
日々の生活も、すっかり変わったので、ブログに費やす時間を、まだ上手に見つけられません。
皆さんのブログを尋ねることもしないままで、申しわけありません。


こんななか、花壇だけは春用に植え付け、鉢植えも越冬準備ができました。

北面の花壇は
パンジー3色(白、紫濃淡)、つれづれさんにもらった高性忘れな草、シラー球根)

東花壇道路側は
ネモフィラ、紫ハナナ、チューリップ球根(この春たくさん増えた白とボルドー色)
0712050007









同じ場所。今年の春は、こんなかんじでした。
0705020027








東花壇、壁側は

スイトピー(紫濃淡2色)、アネモネ(白)、パンジー(薄黄)、ストック混合。

どこも、バラの枝ばかり写っているので、代表で一枚(東花壇道路側)だけ載せました。
バラを剪定した枝を敷き詰めるのは、苗を掘り起こしてしまう猫よけです。
(今年も猫ちゃん達、苗が大きくなるまではごめんなさい)

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コメント

笑顔のたんぽぽさんへ
お返事遅くなってすみません。
ご主人のこと、なにも知らなくてごめんなさいね。なんだか、いろんなことが押し寄せてくる年代ですね。
お互い、振り返って笑える日までがんばりましょう。
きれいな富士山を見て、力をもらってくださいね。

投稿: ネモフィラブルー | 2007年12月19日 (水) 13時38分

ネモフィラさん いつか読んでくださるでしょうか・・・
少しさみしくなりますが、頑張って下さいね
私も主人のことで落ち着きませんが頑張っています また何時の日にかお互い元気でお逢いできたらと思います 今までありがとう~~。

投稿: 笑顔のたんぽぽ | 2007年12月14日 (金) 19時13分

しばらく更新がなかったので・・・どうしたのかな~と、こんな訳がお有りだったんですね。
ロココは義父母はとうになくなりましたが、父母(83と81才)がまだ健在です、いつかやってくる介護の事を思うと・・・チョット切ないというか・・・親は何時までも元気でいて当たり前とつい思ってしまうんですが・・・確実に老いはやってくるし、自分が行く道でもあるんですよねぇ。お義母さまとりあえず落ち着かれたご様子、良かったですね。
そちらも花だんはすっかり冬模様になりましたね、来春が楽しみ~(^∇^)

投稿: ロココ | 2007年12月 9日 (日) 08時19分

こんばんは
ネモフィラブルーさんのお話をお聞きすると
自分の母の事と重ね合わせて考えてしまいます。
義母様はお幸せなのではと思います。
お側にこんなにも優しく気遣って居られる方に囲まれて・・・
私の母は一人暮らしの為、歌を聴いてくれる人がいません。
詩吟が大好きで、仏壇に向かって謡い、仏様に聴いてもらっているそうです。
人は皆、何れは老いを迎えます。そのときに如何すれば廻りも自分も
幸せに過ごせるのか私など早急に考えなければいけない問題です。
義母様の思いと皆さんの思いが同じになり、お幸せにお過ごし成りますように
願っております。お疲れが出ませんようにご自愛くださいませね。

投稿: すみれ | 2007年12月 8日 (土) 23時20分

こんばんわ、
何てコメントしようかな?で三日過ぎてしまいましたが・・・
誰でもいつかそういう時期が来ますね。
私の場合は、両方の母がまだ、なんとなく健在ですがそれでも86歳くらいかな?
いずれにせよ、後で後悔することのないようにできればいいですね。
頑張ってください。

投稿: 日向夏 | 2007年12月 8日 (土) 19時31分

ほんとに、自分達もこれから行く道です。どうする事が、みんなにとって一番いいのか、みんなが納得できるのか、難しいですよね~。
親の思いも、子の思いも、お互いに相手の事を思いやってはいても、なかなか思いがぴったり一致するというわけにもいかないものですものね~。
ネモフィラブルーさん、無理なさらないで、自分自身のことも、ちゃ~んと可愛がってあげてくださいね~。

投稿: ポエポエ | 2007年12月 8日 (土) 17時27分

娘に気兼ねしているよりも、お友達がいるほうがいいですね。
友達と気楽な会話が楽しい私です。
頼ってばかりでは、幾ら好きな娘でも
考えますね。
ネモさんの前できれいな声で歌を唄う
義母さんもいいです。それを聞くネモさんも。

投稿: oss102 | 2007年12月 8日 (土) 14時10分

しばらくUPしてなかったのでどうしたのかな~と思ってました。
こういうことがあったんですね。
すぐコメントを・・と思いましたが、考えるうちにとても難しくて微妙なことなので、簡単にはいえないナ・・と。
みなさんがお互いのことを気遣ってる、そんな様子が手に取るようです。
お義母さまが望まれる方法がいちばんいいんだとワタシは考えてしまいますが。
残り少ない時間ですものね、穏やかに楽しく暮らせればどんなにいいでしょう。
ブルーさんと旦那さまの優しい心遣いがよくわかります。
お疲れがでませんように。

投稿: Happy ばあば | 2007年12月 7日 (金) 22時32分

こんばんは~~
ブルーさんのコメント何時も人生の何たるか
を、想います、何時どんなことが起こるか解りませんね、私は義母も母も見送りましたが
母は私より兄に頼っていました、お嫁に出した子に世話は掛けられないとか云ってね~
昔かたぎなのでしょうか、今はホームに入るのがいいですよね、時代も変わり嫁姑の関係も新しく変わっていくでしょうね、時々逢ってずーっと仲良くを目指して居ます、
ブルーさんお疲れがでませんようにお元気で頑張ってくださいね何時も応援してます(^_-)-☆

投稿: kyutarou | 2007年12月 7日 (金) 22時22分

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