« 2007年11月 | トップページ | 2008年3月 »

2007年12月10日 (月)

長期休暇のご報告です

皆さん、暖かいコメントありがとうございました。
心からの励まし、同じ想いを共有していること、とてもよく伝わってきて、とてもうれしく読ませていただきました。
kyutarouさん、Happyばあばさん、ポエポエさん、ossさん、日向夏さん、すみれさん、ロココさん、きょうの記事をお返事に変えさせていただくこと、ごめんなさい。

30年、一卵性親子のような母娘で暮らして来た義母ですが、結局のところは息子がということで、私が看てあげることになりそうです。
まだまだそんな時代です。
義母は、少し手足が弱っていますが、自分の事は何でもでき、頭の回転は私よりいいぐらいです。ただその分、デイケアのような所に行くのは嫌で、かといって一人で置いておくと淋しいようです。
子供達が独立してからは、夫と二人、気楽に暮らしてきた私の生活は、一変しました。
時間どおりの食事、不自由な外出、なにより、そばにいつも人のいるという生活にまだまだ慣れそうにありません。
ホームへの入所は、私にとっては結果として楽になるかもしれませんが、本当にそれが義母にとっていいのか?
うちに落ち着いてから、義母はホームへ行きたいとは言わなくなりました。
本心はどうなのか?まだ決断できずにいます。

ブログには、本心が書けません。
きっと、書けばいずれ愚痴を書いてしまいそうです。
いつまでも「青い花々」のように、涼やかで清いイメージのネモフィラブルーの名を語っている以上(ちょっとおおげさやね~)、それと時間に追われないためにも、ブログを休むことにしました。

きのう夫は、里山に小さなロゴハウスを作ると言って、キッドを注文していました。
建築許可のおりない場所なので、たった3坪の安物ですが、かわいいロフトがあって、みどりと三人、小さな天窓から星を見て眠れそうです。

いつか無量大数の星々を仰ぎ、「空色ガーデン」を見おろす。

きっと、いつかご報告できる事を夢見て頑張ります。
皆さんもがんばって、ブログ続けていてくださいね。

何の写真を?と思ったけど、やっぱりこれかな?

朝の琵琶湖散歩
0712060010










この春のネモフィラ

0004090027















0712090012_2

日向夏さん、もうひとつ花芽がでてきましたよ。
なんてうれしいんでしょう。

| | コメント (60)

2007年12月 6日 (木)

老いた母達

一週間前のことだった。
義姉が、義母を抱えて転んだと電話があった。
義姉は腰を強く打って起きられないらしい。
大急ぎで、夫と駆けつけた。
近所の方に助けていただき、救急車で病院へ行き、私たちが着いたときは、すでに帰宅して伏せていた。

義姉は70歳。老々介護の限界が見えた。
義姉を、もう一人の義姉にまかせ、義母をうちに連れて帰る事にした。

ここ数ヶ月来、義母は気が滅入るらしく、何度も病院に行きたがるが、何度診察を受けてもなんともないと言われ困っていると義姉の愚痴を聞いていた。
「病院に入院させて欲しい、○○さんのところへ行きたい、連れて行って」と、私の両親のホームへ同居したいと言っていたらしい。

義母は、まったく認知症とは縁がなく、普段は対等に話も出来る人だが、、心細げな物言いと、助けて欲しそうなまなざしは、いままでと違った。

考えてみるに、ペースメーカーを入れる手術をしてから、急に生きる気力が失せたように思う。
もっと元気に生きるための処置がかえって、災いとなったのか?

義母と、私の母は、私たち夫婦が結婚して以来、仲が良かった。
お互い年をとって、家をはなれ、それぞれの場所に落ち着いたように見えたが、事情は変わっていく。
一昨日、義母のたっての希望で、私の両親のホームへ連れて行った。

数年ぶりに会った齢(よわい)90の母二人は、手を取り合い、抱き合って泣いた。
ここ数年来、私の母が泣くのを見た事がなかったので、少し驚くと同時に、私も老いた二人がいじらしく、涙がこぼれた。

「○○さんと一緒に暮らしたい。ホームに入れるようにしてほしい。あそこは天国やった」
義母は、ホームを訪問して、なおさら入所への想いが募ったようだ。
以前から夫は、いろんな選択枝として、ホームに入ることもどうかと義姉に問いかけていたが、「そんなこと、とんでもない」と、即座に言われたと聞いている。

私は義母の気持ちが充分理解できる。
子供達に迷惑をかけたくない想いが叶えられ、生活や病のときの不安から解消され、そのうえに自分の大好きな同年齢の友人と、ゆっくり、ゆっくり手をつないで、お互い助け合って歩けたら、若い人にすべてを委ね、ただベットに横になっているだけの生活より楽しいと思えるのではないだろうか?
「あのときは、ああでしたな~」「そうそう、そうでしたな~」と、昔の事だけはしっかり覚えている私の母も、とぼけた相槌をうちながら、二人で廊下を歩いている姿を想像して、楽しい気持ちになった。

私の母が、こんな状態になった今も、”自分が父の面倒を見ねばならない”と思うことが、生きる糧になっているとすれば、義母は、このちょっととぼけた友人である私の母を、”自分が面倒見てあげねばならない”と思う気持ちが、生きる糧になるのではないだろうか?

夫は、「僕が望みを叶えてやるから、安心して」と義母をなぐさめ、うちに来てから、少し落ちつき、睡眠も食欲も普通になって、病院で診てもらいたいと言わなくなった。

その晩、ベットに入った義母の私を呼ぶ声がした。
「○○さん、なんだか歌いたいから、聞いてちょうだい」と歌を歌いだした。
「知床旅情」「琵琶湖周航のうた」「幸せなら手をたたこう」などなど。
「久しぶりに歌いたい気持ちになった。なんだか子供みたいや」
と唱歌を歌うのが大好きな義母は綺麗な声で何曲も歌い、眠りについた。
よほどうれしくかったのだろう。

さて、どう事は進むのか?

いつか訪れると思っていた事態が急にやってきて、忙しい日々です。
日々の生活も、すっかり変わったので、ブログに費やす時間を、まだ上手に見つけられません。
皆さんのブログを尋ねることもしないままで、申しわけありません。


こんななか、花壇だけは春用に植え付け、鉢植えも越冬準備ができました。

北面の花壇は
パンジー3色(白、紫濃淡)、つれづれさんにもらった高性忘れな草、シラー球根)

東花壇道路側は
ネモフィラ、紫ハナナ、チューリップ球根(この春たくさん増えた白とボルドー色)
0712050007









同じ場所。今年の春は、こんなかんじでした。
0705020027








東花壇、壁側は

スイトピー(紫濃淡2色)、アネモネ(白)、パンジー(薄黄)、ストック混合。

どこも、バラの枝ばかり写っているので、代表で一枚(東花壇道路側)だけ載せました。
バラを剪定した枝を敷き詰めるのは、苗を掘り起こしてしまう猫よけです。
(今年も猫ちゃん達、苗が大きくなるまではごめんなさい)

| | コメント (9)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年3月 »