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2007年5月14日 (月)

二人の母

青い花々(80)                青い花々(81)
都忘れ                     ニワゼキショウ
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義母と電話で話した。                             
90歳になるが、少し片手が不自由になった以外とても元気で、いつも明るい。
この冬から私の中にある、ずっと解けない氷の塊を、義母は知るよしもない。
こんな年寄りに心配をかけてはいけないと、なにも言わずにいたが、説明のつかない矛盾が生じてきて、とうとう打ち明けた。
とんでもない母の日になってしまった。
「不憫やな~、不憫やな~。神さんにお祈りして、待つんやで~」
若い時なら、「神さんなんて」と批判めいたことを言い返しただろうに、「そうやな~」とうなずきながら、ほんとに神様にお願いしたら救われるかもしれないと思えた。

励まさなければならない側の私が、慰められている。

カーネーションとお菓子を持って、両親のホームへ行った。
「お金はあるんか?」と母。
今でも三人の子育てに追われている娘と思っているのかもしれない。
ホームから帰るときは、「気ーつけて帰りや」と何度もくりかえし、
「無理したらあかんで」といつまでも手を振る。

慰めなければならない側の私が、励まされている。

こんなに年とった私を甘えさせてくれる母が二人いる。
ひとりは、義姉にまかせ、ひとりはホームに入れ、それでも二人は優しい言葉で、私を守ってくれている。

愚痴ひとつこぼさず生きてきたこの二人の母のように生きること。
「二人を真似して生きてきたから幸せでした」と報告できること。

それが、私にできるささやかな親孝行のような気がする。                          

余談ひとつ
夫が「きょうは母の日ですよ」と言ったら、
父は、「へー、八月八日か?」と聞き返してきた。おもわず笑った。
おじいちゃんなかなかおもしろいけど、真剣なのが、ちょっとな~。

余談もうひとつ
0705140023 先日、滋賀県立美術館で「松園、遊亀、不矩」展を鑑賞。
老いても、なお描き続けたこの女流画家たちの情熱が伝わってくる。
小倉遊亀が105歳で描いた、白桃の絵の前でただ立ち尽くす。 
 
  のどかなり  願いなき身の  初詣

遊亀は、こんな素敵な句を残している。
このような句の心境になれる人生を送りたいものだと思いました。

あきのさん、ossさんまだまだこれからですね!

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コメント

ちひろさんへ
ブログで愚痴なんか書いて、お恥ずかしいことです。この年になって、自分の力ではどうすることもできない辛い思いを体験したので、いまでも、とこどき辛くなるのです。
長い人生、いろんなことがあります。
ちゃんと、まっすぐ生きていれば、きっと氷も解ける日がくると思います。
ありがとうごさいました。

投稿: ネモフィラブルー | 2007年5月16日 (水) 16時27分

昨夜ブログお邪魔しました。
胸がいっぱいでそっとブログ閉じました。
後戻り出来ない色々な事が人生には沢山あります、悔やんだり、悲しんだり・・・そんな時忘れてしまっている小さな幸せにありがとう、ありがとうと心で呟いています。そこには優しい私がいます。前に進めそうな気がします。
ありがとうの小道は、私の心の小道です。
都忘れ奇麗ですね・・・

投稿: ちひろ | 2007年5月16日 (水) 11時38分

yuukoさんへ
夫が、父を亡くした時、味わったことが無い喪失感だと言っていました。
親子の絆って、決して切れることがないのだと実感しました。
私も、山で柏の葉や熊笹の葉を見ると、柏餅やちまきを作ってもらったことを思い出します。昔は何でもうちで作っていましたよね。
その味とともに、その光景まで思い出す。
いい思い出しか残りませんよ、きっと。


投稿: ネモフィラブルー | 2007年5月15日 (火) 10時23分

chiyomiさんへ
chiyomiさん、がんばったんですね。
なによりの、母へのプレゼントです。
うちは「○○の日」とかは、あまり意識しない家族です。改めなくても、感謝の気持ちは普段から伝わるものですから。
両親がホームに入り、父も、自分が母の見張り役から解放され、私から注意されることもなくなりました。
子供と言い争うことがなくなり、一見平和ですが、与えられるだけの生活はほんとの幸せとはいえません。
chiyomiさん、言い争いできる幸せもありですよ。

投稿: ネモフィラブルー | 2007年5月15日 (火) 10時13分

あきのさんへ
激流も、出費がなければ、OKでしょうけど、生活は食べるだけとはいかないのが、悩むところです。
あきのさんなら、こともなげに乗り切って、
「ああ、ちょっと大変だったわ」と笑っていそうです。

投稿: ネモフィラブルー | 2007年5月15日 (火) 10時01分

ロココさんへ
母というのは、偉大でもなんでもなく、皆そんなものなのだと思います。
私自身、年をとって、母達の気持ちがとてもよくわかります。

投稿: ネモフィラブルー | 2007年5月15日 (火) 09時46分

ossさんへ
お名指し、失礼いたしました(笑)
精力的な女流画家の生い立ちを、見ながら、ossさんと、あきのさんの事を思っていました。
いつまでも、老母に甘えているようでは、ちと、お恥ずかしいかぎりです。
人生いろいろあることは、当たり前ですよね。

投稿: ネモフィラブルー | 2007年5月15日 (火) 09時43分

つれづれさんへ
年とってからまで心配かけて、申し訳ないおもいです。実母のように認知症になると、なにも相談事は出来ませんが、いくつになっても子の事を心配して守ってくれているんだなと実感します。
あきのさんが、以前「人間万事塞翁が馬」と励ましてくださいました。
年配の方は、身をもって体験しているのだと思います。
私も、自分にそう言い聞かせるることで乗り切っています。
つれづれさんも「涙の後には、笑顔が」とちゃんと気づいています。

投稿: ネモフィラブルー | 2007年5月15日 (火) 09時33分

朝から、胸がキュンと、。私の実家の父母も、義父母もいません。相談することもなく今まできましたが、子育ての時期も終わって何かしてあげられるというわけではなくても、いてくれるだけで、多分、心強い存在なのでしょうね。私の子ども達にとって、そんな存在になれるかなー?             館のお庭の柏の葉の緑がきれいでした。子どもの時、吉野へ川遊びに連れて行ってもらって、手作りの柏餅をご馳走になったのを思い出します。いい思い出だけが増えればいいと思いながら、。

投稿: yuuko. | 2007年5月15日 (火) 08時09分

甘えてください。
数日実家で母と二人暮しをして、母も甘えべただけどchiyomiさんも甘えべたなのに気付きました。
めちゃめちゃ頑張って完璧とはいきませんが、実家の庭も畑も恥ずかしくないだけにきれいになりました。こうしなかったら母が痛む足で庭や畑の草引き仕事をして、また歩けなくなると困ると思ったのです。
何べんもいい争いになりました。
その度、ブルーさんが以前「忘れる事が出来るのも幸せ」と言ってくださってたのを実感して救われました。
母には何もプレゼントをしませんでした。
お父さんの方のお母さんにも余裕がありませんでした。
明日遅い母の日プレゼントを持っていこうと思います。

投稿: chiyomi | 2007年5月15日 (火) 00時06分

のどかなり  願いなき身の  初詣
この句の心境、わたしには分かります。いい句ですね。でもここのところわが家の変化は激流。ずっと動かなかったいろいろが一気に動き出しています。それにともない出費も多い。だから、現在の心境は違うようです…

投稿: あきの | 2007年5月14日 (月) 19時34分

今日はいい記事を読ませていただきました。う~ん、せんぱい母達は偉大ですなぁ。決して茶化している訳ではないよ、マジ!!

投稿: ロココ | 2007年5月14日 (月) 17時47分

お名ざしで恐縮にござんす。^^;
↑の文章は、母の暖かさ、ブルーさんの胸のとけない氷塊の悲しみが、訳も分からないまま胸にジーンときました。
人生には色々な事がある、と納得しました。

投稿: oss102 | 2007年5月14日 (月) 16時59分

「待つんやで~」
「無理したらあかんで~」

二人のお母さんの言葉は深くて 重い です。私はいつも
焦ってかけだし そして 無理せずにはいられません・・・
たとえばそれが家族のことなら なおのこと。
「涙のあとには必ず笑顔がある」と信じて歩きながら
支えてくれる、理解してくれる人がいることの幸せを忘れないよう
狭くてもこころのゆとりを持とう!と思う私です。
いつもネモフィラブルーさんのブログで 背中を押され
励まされています。感謝です。


投稿: つれづれ | 2007年5月14日 (月) 15時54分

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