2019年2月28日 (木)

ありがとうございました

はじめて記事を載せたのは2006年7月。
まだブログ人口は少なくて、マニュアル片手に四苦八苦しながら記事を載せていました。

全国の大勢の方と「空色ガーデン」でお会いでき、とても楽しい日々が流れtました。
以前のように多くの花を育てたり、里山の様子を載せることは少なくなりましたが、
細々とでも書いていこうと思います。
一日でも長く、自分の力で生活していけるよう頑張ります。
皆さんも、お元気でいてくださいね。

続きはこちらで 

             空色ガーデン②

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2019年2月21日 (木)

待ち遠しい

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山小屋で暮らしているミャーミャーにエサをやるのは、朝早い夫の仕事ですが、雪が降ったり、まだ明けきらない山に行くのはちょっとサボりたいときもあるようで、自動でエサが出てくる器械を置いてみました。
日に2回、カラカラと音を立ててフードが出てくるのですが、毎日のこととなると、だんだん時間を感知する能力が芽生えてきたようで、最近ではエサの出る時間が近づくとそばでじっと待っています。
時折器械を前足で叩くような仕草をして、待ち遠しいのでしょうね。

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先日来の寒さで、うまく作動しない日があったらしく、ちょっとひもじい想いをさせてしまった日もありましたが、どうもキックをしていたらしく、倒れていました。
隠しカメラでミャーミャーの生活を覗いてみたいと思いますが・・・・
二人で山小屋に行く日曜日は、うれしそうにミャーミャーと鳴きながら付いて回り、お膝でお昼寝です。

一度、連れて帰ってみようと車に乗せましたが、大暴れで大変でした。
やっぱりここで暮らすかな?

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2019年2月20日 (水)

電車に乗って病院に行く

月に一度、大津の病院で診察を受けます。
けっこう遠くてバスと電車を乗り継ぎながら1時間かかるけど通い始めてから2年。
少しずつ通うのがしんどくなってきて、日によっては休み休みに歩いていても、疲れと足の痛みで座り込むこともあります。それでもひと月経つと、またきょうも頑張ってみようと思うことにしています。
そんなこんなで、この2年、他の病院も含めなんとか一人で通院できています。
他の病院というのが、これまた厄介で、胃腸の具合が悪かったり、足腰の具合が悪かったり、耳が聞こえなくなったり、そのほかにも気になる症状が出てきて、いろんな医院に通っているのです。
パーキンソンのせいにしたら悪いけど、薬の副作用かもしれないし、ストレスの影響かもしれないし、姿勢のバランスが変わったことでの弊害かもしれないけれど、とにかくなんでも考えられますが、ひとつずつつぶしていくしかありません。
以前より、外に出ることが少なくなったので運動不足は当然だから、病院通いはいい体力づくりと思ってむしろ自分に課しています。

大津の病院に行くには、まずJR湖西線に乗って(今日は”忍者電車”でした)
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大津京で2両編成の京阪電車石坂線(比叡山坂本と石山寺を結ぶ)
に乗り換えます(今日は漫画”ちはやふる”の電車でした)
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スマホに古い吉田拓郎の好きな歌だけ数曲入れています。
久しぶりに聞く歌は、一気に若い自分を思い起こします。
電車でずっと聞きながら、目の前で戯れる下校中の高校生たちを見て、今も昔も変わらない若者の仕草や言葉に思わず微笑えんでしまいます。
あんな若いころに帰ってみたいな。
拓郎の歌はそう思わせる淡いあこがれに満ちています。

たまに電車に乗るのは楽しい時間です。
きょうは少し春めいて暖かく、琵琶湖も明るくきらめいていました。
来月も元気で病院へ行こう。

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2019年2月15日 (金)

病は人を選ばない

重病にみまわれると、「なぜ私が?」と思い、昨日まで健康だった自分を思い浮かべては、なかなか納得できない。
誰にでも突然襲ってくる病魔は、人を選ばない。
「私、何か悪いことしたのかな? なんかバチでもあたったのかな?
 病は人を選ばんのやな~」と言ったとき、ホスピスに勤務している娘が
「つくづくそう思うよ お母さん」と言った。
日々重症の患者さんを目の当たりにしている娘には、重い実感であろう。

iあのはつらつと健康そのものの池江選手も例外ではなかった。
18歳の若さで重病を宣告されたショックと戸惑いは如何ばかりかと想像する。
頑張れというのはたやすいが、頑張るのは本人にしかできないし、その辛さも本人にしかわからない。
日本中の期待を背負ったアスリートは、気丈なコメントを出したうえ、周囲にも気配りを見せて、病と立ち向かう勇気を示した。
こんなに若いのにすごいなと思いながら、無理しないで、治療に専念できる環境をと願う。

若い命が病に脅かされるほど理不尽なことはない。
彼女より50年も長生きしている私の命の残りを全部分けてあげられたらいいけど、
こんな不健康で、老いた命はかえって迷惑だな~

 やっと蕾が頭を持ち上げてきたクリスマスローズ

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2019年2月10日 (日)

春待つネモフィラ

北海道では大寒波らしいけど、寒くても今年は雪がほとんど降らない。
雪かきをしなくてもいいのはありがたいけど、銀世界の風景が見られないのはやっぱりさみしい。
9月に種を蒔いたネモフィラとパンジー。
雪は降らなくてもまだまだ寒いので、葉っぱばかりがよく茂っている。

よく見ると小さな蕾が株の真ん中で、
春を待っているネモフィラ
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          もうすぐ開きそうなパンジー
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花壇を縮小したので、今年はネモフィラ2袋と、パンジー4袋しか蒔いていない。
それでもこうして元気に育ってくれると春が待ちどおしい

タキイからペチュニアの種を送ってきた。
これも今年は4袋だけ。10袋買ってた頃のことを思うと淋しいけど、今の私にはこれ位が限度。花を育てられるゆとりに感謝しよう。

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2019年2月 9日 (土)

介護保険制度へ申請を

Img_0694 看護師をしている娘に勧められて、介護認定を申請することになった。
まだ人の手を借りなければできないことは何もない。
まだまだと思っているが、申請してもすぐには利用できないし、急に困ることが起きないとも限らないから、いつでもお世話になれるように準備しておいたほうがいいと言われ、そんなもんかと担当医にも話した。
とてもやさしい担当医で、難病申請の時も、この度の申請も快諾して、協力してくださった。

調査員の方が面接に来られて、父母や義母の時と同じような質問を受けた。
父母たちが介護認定を申請したのは、85歳を過ぎていたと記憶している。
私は、まだ70歳になっていない。
急に老け込んでしまったような気がしてちょっと淋しい。。
調査員の方は、認定は難しいかも知れないけど、リハビリを受けたりできるよう努力してみましょうとのことだった。

近くの整骨院にリハビリに行くのが確かに大変だから、在宅でリハビリが受けれればいいなと思う反面、もっと突き放してもらって、まだまだ頑張って一人で通院するほうがいいかもしれないと、見栄を張ってみる。
この病は転んで骨折する人が多い。気を付けているつもりでいても、いつ転ぶかは分からず予測もつかない。
用心しながら生活することを、ちゃんと自分に言い聞かせて、介護認定なんてまだまだ必要ないですよと断れるようになりたい。

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2019年2月 6日 (水)

病と向き合う男と女

Img_0693 夫婦で歌人でもある永田和宏、河野裕子夫妻の、婦人が闘病の頃について書かれている本がある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
癌の告知、そして手術によって、いかに彼女がショックを受け、不安な状態にいるのかを知っていた私は、彼女と同じ目線で悲しんではいけないという意識が強くあった。 中略
私の動揺は、彼女をいっそう不安に陥れるにちがいない。

「君と同じレベルで嘆くことだけはすまいと来たがそを悲しむか」

「君よりも我に不安の深きこと言うべくもなく二年を越えぬ」      永田和宏

病気に負けてなるものかと思い、意地でも、彼女が癌になる前の普通の日常生活を続けようとしていた。必要以上に彼女を突き放していたのかもしれない。

「今ならばまっすぐに言う夫ならば庇ってほしかった医学書閉じて」

「文献に癌細胞を読み続け私の癌には触れざり君は」         河野裕子

これを読んだときは辛かった。
彼女の求めていたのは、医学的な知識でも、これからの見通しでも励ましでもなかった。彼女が欲しかったのは、ただ一つ、彼女と一緒に悲しんでくれる存在だったのである。「自分だけがなぜこんな目に」という悔しさに寄り添い、残された時間の儚さを悲しみ、黙ってだきしめてくれる存在を求めていたのであろう。
                               永田和宏氏著「知の体力」より    
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の病は死が迫っているわけではないが、追い詰められる不安や悲しみは、似ている。
婦人の心情が痛いほどわかる。
男性はいつもそうなんだ。強く見せて強くなる。冷静を装うことで相手を気遣っている。
女性は二人手を取りあい、辛いね、悲しいねと一緒に泣いてほしい。
「こんなに辛いのにどうしてそんなに冷静でいられる?」と責めそうだ。
せめて最期は自分を偽りたくないけれど、男性も偽っているわけではないこともよくわかっている。                                 

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2019年2月 2日 (土)

 励まされています

私の病を知ってから、旧友たちが励ましてくれます。
私にとって役立つと思うことをアドバイスしてくれたり、参考になることを教えてくれます。
中には、悪くなったら私が看てあげるから引っ越しておいでと、とんでもないことを言う友人もいて泣き笑いです。

301_2 先日、DVDを送っていただきました。
それは10年前にパーキンソン病と診断された方が、リハビリに励み、念願だった広島から愛媛までのしまなみ街道70キロを3日間かけて、息子さんと一緒に自転車で走破するというものでした。
当時75歳の挑戦でした。
何度も転ぶ姿や、危なっかしい姿勢でペダルを踏む姿、病状が悪化して辛そうな姿は涙なくしては見ていられませんでした。
完走の後、親子がお互いをたたえあい、
「病気のおかげで、行動に移すことができた」と言われた息子さんの言葉は、私たちにとって大きな勇気をもらえる言葉です。
故人となられた今も、颯爽と街道を走る姿、ゴールの笑顔、親子の涙は、多くの病気と闘う人に、病気と共に暮らすお手本を示してくださっているようです.

ありがとう。
旧友に感謝でいっぱいです。








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2019年1月30日 (水)

病名を告げられて2年

ちょうど2年前のことです。
その日は心療内科の受診日で、夫に休んでもらっていましたが、朝から体の震えが止まりません。そうは言っても時間外の原因不明の症状では総合病院の救急受診は断られ、結局のところ救急車に受け入れ先を探してもらって、私は生まれて初めて救急搬送されたのです。

1週間の検査入院を経て、病名が判明しました。
そのころ、私がそうではないかと疑っていた通り、パーキンソン病でした。
近々の命にかかわるような病ではありませんが、今のところ難病と呼ばれる不治の病です。
若くはないので、皆より少し早く不自由な体になるくらいに思っていればいいと周りは言ったものです。
「今は良い薬ができているから心配しないで」と担当医師。
あまり症状が重くなかったそのころは、このまま頑張って現状を維持すればこれからも笑って年を重ねられるだろうと思っていました。

私なんかよりはるかに重篤な病と日々向き合っている方たちのこと思えば、落ち込むことは贅沢と言えましょう。。ブログに投稿している同じ病の方や、そのご家族の方の前向きに頑張っている姿に刺激を受けながら、この2年を過ごしてきました。
自分は病が進行せず、進行させないと信じることで日々過ごせてこれたように思います。

それでも残念ながら、確かに症状が進行しているのがわかります。
薬も少しずつ増え、痛みや痺れの範囲も広がりつつあります。
ブログを読んで元気を分けてもらっていた方たちにも、2年前に比べると苦難が読み取れるようになりました。、

1日でも長く、時間がかかっても、不格好でも、自分のことは自分でするように頑張ろう。
小さな目標だけど、大事な自分との約束です。

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こんなに蕾があがっているのに
寒くて咲けない
戸外のガーデンシクラメン

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2019年1月28日 (月)

はじめましてミャーミャーです

昨春、みどりが弱り始めたころに、山小屋に子猫が捨てられていました。
何とか生き残った一匹が、そのまま山に住み着いています。
やっと歩けるみどりのそばをちょこちょこ歩き、一緒に散歩をする姿は可愛くて、みどりも私も元気をもらっていたように思います。

多分今は一歳くらいになると思うけど、すっかり大きくたくましく育って、山小屋暮らしをしています。
夫が畑仕事をするときは、ずっとそばにいて、時折、肩や背中に上っては作業の邪魔をしますが、「ミャーミャー」と可愛い声でないて甘えるのでしょっちゅう作業は中断です。

P_20190113_115314_2 自由に野山を駆け回って生きているので、野生そのもの。
モグラやカエルを捕まえるのはもちろん、小鳥やへびまで捕まえてきたりして、自慢そうに見せに来るのには驚かされています。
私は家に連れて帰りたいのですが、夫は今さら家に閉じ込めるのはかえってかわいそうだと言ってフードを運んでやっています、

ミャーミャーそうなの?

フフ(*^-^) ぶちゃいくだねえ~

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2019年1月27日 (日)

ブログを再開

新年も明けてはや正月も終わろうとしています。
ブログをやめるつもりでしたが、再開を決心しました。。
同じ病にめげることなく頑張っている方たちや、そのご家族のブログを読むにつけ、不甲斐ない自分に気づきます。
めげそうな私を大きな優しさでサポートしようとしてくれる周囲の方たちには、どんなにありがたいか、何かの形で答えようと思うようになりました。
少しづつですが、体力と気持ちの続くあいだはがんばってみます。

昨日から雪模様。
少し積もりましたが、雪かきするほどではありません。
比良山系もうっすらと雪化粧。
寒いけれど冬はやっぱりこの景色。
里山の田畑も、まぶしくきらめく雪の原。
澄み切った冷たい空気を胸いっぱい吸い込むと、健康を取り戻せるような気持になります。

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2018年9月 3日 (月)

さて私のことと高校の同窓会

私の近況です

1年半の長いお休みは、いろんな憶測、心配をおかけしているかもしれません。
ほんとうに、あいさつもせず申し訳なく思っています。

一昨年の冬、救急で検査入院しました。
今ははっきりと「元気です」とは言えませんが、生死にかかわるような病でもありません。
日々の暮らしはがんばってこなしていますが、いろんなことが今までのようにはいかなくなっています。車の運転も止めました。
ブログを続けて、ついでにカミングアウトできる日を自分自身待ってみましたが、どうもその決心がつきません。
あと10年~20年は元気に活動するおばあちゃんでいるものと当然のように思っていたので、現実とのギャップにまだ戸惑っている私です。

ブログを閉じることにしました。
この10年余りの間、親しくお付き合いいただきありがとうございました。
楽しい楽しいブログの日々でした。
いっぱい学ばせていただきました。
いっぱい受け取った優しい思いやりにお答えする事も出来ない失礼をお許しください。
心にゆとりができたら、追々お便りしたいと思っています。

今年の春もネモフィラをいっぱい咲かせました。
夫の作ったイチゴもトマトも、みどりと一緒にたくさん食べました
ブルーベリーもたくさん実り、13kgの収穫がありました。

琵琶湖は今日も変わらず眼下に煌めき、里山の棚田は今年も黄金に輝く収穫の秋を迎えています。         
           田植えの頃                 1005220030          
           実りの頃        2016_08210010          
           ネモフィラの頃2013_05060044
           ラベンダーの頃
                                               1005130018
           琵琶湖朝日の頃0706010003_2                   
変わらない四季の営みを、これからもずっと見守り続けられるよう
                                 がんばります!!


高校の同級生へ

高校卒業50年の同窓会の案内状が届いています。
最後の機会なので出席したかったけど、今は心身共に帰省する自信がないし、弱虫の私を見せたくない想いもあって欠席します。
この記事を読んでくださった方、お会いしたかったのに残念です。
どうぞ、いつまでもお元気でいてください。

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みどりとの別れ

長い間お休みしています。

旧盆の13日の早朝、私の腕の中で静かにみどりは亡くなりました。
13歳と11カ月、大型犬なので人なら100歳位になります。

亡くなる3日前まで、手伝ってやりながらも自分で歩き、戸外で排せつもし、よく食べよく寝ました。
私達にあまり世話もかけさせず、ほとんど医者にもかからず、ほんとうにいい子でした。

花と緑と野生の動物に囲まれ、リードもつけないで、自由に暮らした里山の生活。
みどりは幸せだったかなあ?
みどり以上に私達は楽しい、楽しい、幸せな14年でした。

亡くなる3日前。
弱ってきたのに笑って見えるみどりです。
Photo

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2017年1月15日 (日)

雪景色

朝起きたら20cmくらい雪が積もっていました。
夕べはずいぶん吹雪いて、寒い夜でした。
この土日は日本全国大荒れで、センター試験のニュースを観るたび、なんとか時期をもう少し前倒し出来ないのかと思います。

ネモフィラの鉢も、こんもりと雪に覆われてしまいました。
雪の中のほうがあったかいかも。2017_01150001_2
おとなりの屋根からさがるつらら。
つららは、日本瓦のお家にできるようです。
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京都女子駅伝も吹雪の中を走っていて、気の毒でしたが、選手は元気で若い。
若いっていいな。





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2017年1月 3日 (火)

初詣は御上神社へ

初詣は、長い間滋賀に住みながら訪れる機会がなかった御上神社へ行きました。
御上神社は、近江富士と呼ばれる三上山の麓にある古い神社です。
いつも対岸から眺めている三上山。
小さいけれど、湖岸の目印になっています。

古い神社です。2017_010300132017_01030012
たき火があったかーい
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2017年1月 1日 (日)

初日の出

夫は今朝6時半に起きて里山に行きました。
きれいな初日の出だったそうです。
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里山の畑(湖西)から琵琶湖の対岸(湖東)の山から登る朝日を眺めます。

ビオラヘブンリーブルーが、昨年の暮れに花を咲かせました2017_01010004
フリルの青いすみれは、花盛りです。2017_01010001_2
今年も何とかブログを続ければと思っていますが‥‥
どうぞよろしく。

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2016年12月31日 (土)

大みそかにありがとう

息子の家族が大みそかにやってきて、ガレージの大掃除をしてくれました。
水をホースから噴射して洗うのですが、おもしろいように苔が取れると、お嫁さんは大奮闘。
おかげできれいすっきり。
よくテレビで宣伝しているやつです。
私の家で半年ほど前に買っていたのですが、宝の持ち腐れで眠っていたものを、使用してみてとても良いからと楽しそうに掃除してくれました。
ありがとう、感謝です。

ゴー君も一緒にやってきて、みどりと仲良く遊びます。
ものほしそうな2匹です。
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孫たちは、誰もいない小学校のグランドでじいじも加わって、野球の練習。
夫は、久しぶりに打ったり、走ったり、投げたり。
まだまだ若い、若い。
おだやかで暖かいおおみそかでした。2017_01010010

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2016年12月24日 (土)

兄弟バッテリー

兄弟でバッテリーを組む試合なので応援に来ないか?
日ごろ土日は、スポ小の野球の練習や練習試合に追われ、小さい頃のようにあう機会が少なくなっていたので、寒い日だったけど、夫は大喜び。

5年生のチームに3年の弟が混じって、どうバッテリーを組むんだろう?
観て驚いた。
兄がピッチャーで、弟はキャッチャーとしてかまえていた。
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2試合目は、兄がキャッチャーを務め、弟は途中リリーフでピッチャーとして投げた。
ランニングホームランを打った兄。
リリーフを0点で抑えた弟。
いつの間にこんなに成長したのか?
たかがスポ小かもしれないけど、一生懸命頑張っている姿に、幼いころの息子達の姿を重ね、北風の中、胸が熱くなった。
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素敵なクリスマスをありがとう!!

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2016年12月16日 (金)

今年のネモフィラ、ビオラ

うちの花壇を、少しずつ宿根草にしています。
なので、春と秋に植え付ける一年草はだんだん減ってきました。
例年だと10袋くらい種を蒔いていたけど、今年はネモフィラ3種とビオラ2種の5袋のみ。
夫の事務所の前に植えても、鉢植え用が残りました。
ずいぶん楽です。

2種のネモフィラ花壇(インシグニスブルーとマキュラータの混植)2016_12070005_2
アリッサム6株を買い足してビオラとハンギング
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ビオラ(ヘブンリーブルーとディープパープル)はやっと蕾が見えてきたところです2016_12070003
花があがった”よく咲くすみれ”も一鉢分(6株)買い足して、少し春めいています2016_12070007
今朝は、初雪が降りました。
いよいよ本格的な冬到来です。
ネモフィラもビオラも年内に花を少しは咲かせるかと思ったけど、この寒さでは?

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2016年12月11日 (日)

比良連峰 初冠雪

今朝は、カラッと晴れた寒い朝でした。
雨戸を開けると、比良連峰は初冠雪が美しく、真っ白な雲と、真っ青な空。

琵琶湖大橋を渡り、湖東から写します。
ピーンと寒さが身にしみるけど、空気も水も澄みきって、冬の琵琶湖は一段と美しく感じます。
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今日は、波も少しありました。
ああ~ さむ~い
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